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【P4】はじめからコインに裏表など

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「ぜ、ぜんばいの、バカぁぁっ!」
 マンションから出た馨たちを迎えたのは、涙で顔をぐちゃぐちゃにしたりせの泣き声だった。シャドウと対峙した影響で消耗し、陽介の肩を借りている馨の前まで駆けてくると、真っ赤な目と腫れぼったい瞼を吊り上げて止まらない涙もそのままに大声で怒鳴る。
「先輩のこと忘れられるわけないじゃない! そんなこと怖がらないでよ! ……私だって、私だって寂しいのは一緒なんだから!」
「リセチャンの言うとおりクマよセンセイー!」
 りせの真似をして短い足で走り寄ってきたクマがその勢いのまま馨の腹に頭突きするので、思わず呻いてしまった。顔をしかめてふらつくと陽介にしっかりと引き上げられる。
「クマたちもナナチャンもセンセイのこと大好きなんだから、そんなふうに思わないでほしいのね! クマちょっと怒りグマ!」
「ほんとっスよ先輩。俺もクマと同じ気持ちだぜ」
 完二がふてくされた表情で言えば、千枝も頬を膨らませる。
「堂島くん、水臭いんだから! 寂しかったら寂しいって言えっつの、かまい倒してあげるからさ」
「そうですよ。あなたはどうも変なところで強がりたがりますね」
「うん。これからは私たちにも頼ってきてほしいな、堂島くん」
 帰り道をほぼ無言で来た仲間たちがここぞとばかりに口をひらきだした。じろりと馨を睨む直斗が半目になり、雪子も眉をひそめてこめかみに手を添える。
「やっぱり……寂しいよ。ああいうこと言いあえるのも、仲間、でしょ?」
「……ごめん」
 あたたかな叱声にうなだれる。シャドウを見たら仲間たちは離れていってしまうのではと戦々恐々していた馨の不安はまったくの杞憂となって崩れ去っていた。誰もが馨を本気で心配して、気遣い、また怒ってくれてもいる。
 俯く馨の顎を掴み強引に持ち上げさせた陽介は小さく笑っていた。片目を瞑り、軽い調子で馨の額を叩く。
「ごめん、じゃねーだろそこは」
「花村」
「他に言うことあんだろ? 俺らにさ」
 あるけど、と一瞬だけ口ごもる。
 言うべき言葉はわかっているけれど、それだけでは今の感情は伝えきれない。たった五文字の音に乗せるにはあまりに重いというのに、声にしてしまえばそこにすべて収縮されてしまう。それでは足りない。
 陽介はにやにやと馨の言葉を待っている。溜め息が出て、それから唇は勝手にほころんだ。
 すべてを表すには足りないが、それでも彼らが待っていてくれるのなら言いたいと思う。
「……ありがとう」
 よく言えました!
 仲間たちはそう言って笑い、馨の心からの謝意に応えた。
 
 
 
 そして後には解けない謎だけが残される。
 マンションにはアメノサギリの気配どころか、馨の影以外のシャドウすらいなかった。宝箱や鍵といった、他の場所に不自然な唐突さで置かれたシンボルもなく、さらに馨が自らの影を克服したときでさえペルソナに特別な変化もない。
「結局、どういうことだったんでしょう」
 首を捻る直斗とともに、馨と雪子も頭を悩ませている。結局何者が、どういった目的でテレビの世界に馨のシャドウを生じさせたのか、肝心なところが何もわからないままでこの一件は終わってしまった。今回は馨であったから素早く収束させることができたが、もしも今後一般人が同じような目にあうのなら対策を考えなければならない。
「アメノサギリを私たちが急に倒しちゃったから、こっちの世界のバランスがちょっとおかしくなってた……とか、どうかな」
 言いながら自信なさげな雪子へ直斗が肩を竦める。
「……そう考えておくしか現状はどうしようもなさそうですね。警戒だけは続けておきましょうか」
「そうだな」
「うん。気をつけようね」
 頷きあう。この世界を知っている馨たちがここで起きる異常については責任をもつべきだ。
 決意を新たにする三人へ、すでに出口へ向かって歩きだしている他のメンバーの中から千枝が大きく手を振る。
「おーい! 帰ってごはん食べよー!」
 千枝のすっかり緊張のとれた笑顔の隣で、完二が両手を筒状に丸めて口にあてる。
「愛屋行きましょーよ! なんかあったけえの食いたいっス、オレ!」
 魅力的な提案に苦笑を交わしてから仲間たちのもとへ歩きだす。
 馨は歩きながら背後を振り返り、高く、いやに大きく見えるマンションをもう一度視界に収めた。今日はまたここを後にするが、いずれ、現実の世界を白く隠す雪が溶ければ帰らなければいけない場所だ。影を受け入れても自分の心に明確な変化は感じられず、春の別離はやはりおそろしいし、がらんとした自宅を思い出せばみぞおちのあたりが冷たくなる。
 それでも、と思考を続けられるようになったのが、今のところは一番の変化だろうか。馨の影が拳をあてた箇所に手を重ね、そっと苦笑する。
 それでも、今ならあの家の玄関を憂鬱な気分で開けることはしない気がする。
「堂島、危ねーぞそこ。てか前見ろ前」
「……ああ、悪い」
 陽介に肘を掴まれ、笑いながら彼を振り向く。前を見た。弾むような足取りで帰路を辿る仲間の背がある。……もう二度と彼らを落胆させも、傷つけもするものか。決意は馨自身へ対しての契約だ。証人は誓いをたてたその場所から、きっと馨のことを見ているだろう。
 大股に一歩を踏み出す馨は、もう霧の向こうにそびえる建物を振り返らない。