あぶりだし
日傘なんて洒落たモノは持っていないが、何らかの手段で陽射しを遮らないといくらも歩かないうちに倒れてしまいそうな夏の昼。仕方なく持ち出した真っ黒い蝙蝠傘は、些かの気恥ずかしさを除けば、かなり優秀に僕の目的を果たしてくれていた。
なるべく体力を消耗しないように、ゆっくり歩く。
風とも呼べないような温い空気の動きに乗って、どこかから夏休みを満喫する子供たちの喧噪の気配が届いてきているように思えたが、姿は見えない。
真っ昼間の、炎天下だ。
通りには見渡す限り人影一つなく、電信柱だとか、標識だとかが作り出す、やけにくっきりとした細長い影だけがあった。
近道をするために、とある公園に足を踏み入れた。
門のようにそびえる木々の間、束の間の木陰をくぐると、何もない広場に出る。もっと穏やかな季候の頃には、暇なお年寄りたちがゲートボールに興じているようなその場所は、容赦ない太陽光に燃え上がってしまったのかと思うほど白く眩しくなっていた。
「…?」
と、僕はその広場のベンチに目を止めた。
ぱちぱちと数回、目を瞬かせる。最初の一瞬だけは気のせいかと思ったのだが、どうやら見間違いではないらしい。理解するにつれ、僕の口は無意識にぽかんという表現そのままに開いていった。
もう一度、繰り返す。
真夏の、真っ昼間の、炎天下だ。
ジリジリ照りつける太陽の攻撃を遮るものなど、一切ない広場の真っ直中だ。
そんなベンチに、ただ何をするでもなく、一人の男がぼうっと座り込んでいた。
歳は、僕と同じくらいだろうか。見ているこちらが暑苦しいほどの伸びた髪は、まるでこの陽射しの熱でそうなったかのようにちりちりと縮れて広がって、首の周りを覆っている。やや彫りの深い、独特な印象のある顔の中に埋まった、きゅっと細められた目には存外に理知的で落ち着いた印象があったが、同時に得体の知れなさを醸し出してもいた。
Tシャツにジーンズ、サンダル。何の変哲もない、この季節にはどこにでも溢れ返っていそうな服装が、返って今のこの情景の中ではどこかアンバランスにも見える。
思わず、足を止めてまじまじと観察してしまった僕に、彼の方でも気が付いたらしい。そういえばこんな傘だ、気付かれない方がおかしい。
「え」
目が合った瞬間、僕は小さく声を上げていた。
彼は、ぱかり、と口を開けて笑顔を見せたのだ。
意外や意外、とでも言うべきか。そうやって笑うと、先ほどまでの近寄りがたい印象はどこかへ消え、彼は一気に人懐っこい子供のように見えた。視線にはわくわくとした好奇心が浮かんでおり、ぱたぱたと地面を叩いている爪先さえ、犬が尾を振っているかのようだ。
そんな彼の反応に、僕は逆に妙な居心地の悪さを感じて、足早にその場を立ち去っていた。