心紡
その言葉に子供のように無邪気な心で、俺は泣きながら微笑んだ。
「お前が俺を外に出したのは見せびらかしたいからで。それを俺に言わなかったのは、くだらないプライドか」
「辛辣だなあ。勝手に勘違いしてくれちゃったのはシズちゃんの癖に」
「お互い様だろ」
「うん、一緒だ」
向けて欲しかった矢印にようやく行き着いた気分だ。臨也の指先が俺の涙を掬う。降り注ぐキスの雨。カラカラの喉に、身体に沁み込むそれは優しい臨也。
「そういえば門田はお前に何言ったんだ?」
「ん? ……ああ、あれか。『静雄を縛り過ぎるな』って言われたよ」
「……それ、俺にも言った。『臨也を縛り過ぎるな』って」
「はは。ドタチンは変な所で過保護っぽい感じだったからね。シズちゃんの事も俺の事もまともな形で心配してるんだよ」
それに対する臨也の答えが、『馬鹿馬鹿しい』だったか。俺は確か、『間違ってる』。言葉は違うけどニュアンスとしては似たり寄ったりだと思う。そう信じる。鼻を啜りながら尚も質問を重ねる。
「何で俺に連絡しなかったんだ、帰って来てたなら」
「……。シズちゃん、携帯出してよ」
「?」
ポケットに突っ込んだままにしてあったそれを取り出す。着信を知らせる点滅ランプが無い。一回も電話しなかったのかと液晶を覗くと、見事に真っ黒で眼を丸くした。
「電源切れてる……」
「電池切れって言おうね。何回かけても電波が届かないか電源を切っている、って言われるから、そんな事だろうと思った。シズちゃんが地下鉄に乗るとは思えなかったからね。だから知り合いに片っ端から連絡したんだよ。まさかドタチンと一緒に居るとは予想外だったけど」
何の反応も無い携帯を見ながら申し訳なさが募り、ごめんと口の中で吐き出した。充電を怠ったのは俺のミスだ。余り使わないから電池の減りも遅く、習慣になっていないのが理由だ。
「紀田に会った」
「へえ。やけに殺気立ってたけど、ひょっとしてドタチンが仲裁に入ってたの?」
「殴り殺そうとしたら逃げられた。追いかけようとしたら門田が邪魔して来たんだ。……紀田の奴、……ムカつく。早く飽きろ」
「俺が駒に抱くものとシズちゃんに抱くものは全くの別種だから大丈夫」
本当は紀田が俺に言った事を話そうと思ったんだが、臨也は飽きるまであいつで遊ぶんだろうし、話題を掘り返すのも面白くない。だから単純にムカつくだけで片付けてやった。あいつ今度あったら死なない程度に殴りつけてやる。
「お腹減ったね」
「何か作るか」
「偶にはシズちゃんの作ったのが食べたいよ」
「しょうがねえな」
壊れ物を扱うような素振りで俺の手を取り台所へ誘う。臨也と二人で作るものは口にするものだけじゃない。形あるものだけじゃない。それこそ壊れ物のように大事にしないと霧散してしまう、気紛れで我侭なものだ。それを手で守る為に俺はあらゆる事をしよう。時には押して、時には引くような。俺にそんな器用な真似は出来ないから手探りになるけど、臨也は得意そう。二人合わせてプラマイ、ゼロ。で、どうだろう。
そうすれば出発点も終着点も同時で、離れないだろう? 単純な俺の、単純な答え。臨也は笑って口付けを繰り返す。
俺が世界で迷わないように、縛り付けて助けてくれよ。
05何一つ理解なんかしていなかった
(死ですら別つことなど出来やしない。)