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 その後回復したセルティだったが、時折思い出し笑いの波に襲われた。体が震えそうになるのを、腹筋に力を込めてこらえていたのだが、新羅にはすっかりバレていた。
「好奇心は猫をも殺すって言うけど、あれは本当だったみたいだ」
 新羅がじと目でセルティを見る。一方、杏里は不思議そうに首を傾げるだけだったので、セルティの思い出し笑いには気付いていないようだ。
『分かった、私が悪かった。だからそうヘソを曲げるな』
 セルティがそう言うと、新羅は芝居がかった仕草で肩を竦めた。
「いいんだ、セルティ。未知なるものの誘惑に負けた僕がいけないんだ。何がどうなるってもんでも無いけど、人の眼鏡って、なんかかけてみたくなるんだよねぇ……」
 新羅がしみじみと言う。
『そういうものか?』
 眼鏡とはあらゆる意味で無縁なセルティが、杏里に尋ねた。
「えっと、眼鏡をかけた子同士で交換したりは、良くありますね」
「だよねぇ、僕には眼鏡をかけてる友達が居ないから、そういうことはしなかったけど」
『というか、お前ほとんど友達なんかいないじゃないか』
 セルティが呆れた様子で新羅にPDAを示すと、新羅は乾いた笑いを漏らした。
「確かに。静雄はサングラスをかけてるけど、あれにはあまり食指が動かないんだよね。度が入ってることが重要みたいだ」
『そうなのか?』
 再びセルティが杏里に尋ねる。
「私はサングラスかけたことが無いので……かけてみたいような気がします」
 杏里が小首を傾げながら答えた。
「そういえば、臨也とはそういう話したことないなぁ。今度会ったら聞いてみよう」
『良いんじゃないのか? 眼鏡かけてるとこなんか見たことがないぞ』
「地味にコンタクトかもしれないよ。あいつも結構パソコンに噛り付いてる方だし」
 歓談する二人は、気付いていなかった。
『あいつは視力より先に矯正すべきものがある気がする』
「あはは、セルティは臨也苦手だもんね。残念ながらあいつの捻じ曲がった根性は形状記憶だから、矯正は無理だよ」
「あ、」
 不意に、杏里が声を漏らした。
「ん?」
 新羅とセルティは杏里に視線を向ける。しかし、杏里はその視線を避けるように立ち上がった。
「…………ごめん、なさい……私、帰ります!」
 言うが早いか、杏里は一目散に玄関に駆けて行った。



 玄関が開閉される音をどこか遠くに聞きながら、二人は呆気に取られていた。
「出前、もう頼んじゃったのに……」
 新羅が呆然と呟く。
『そうじゃないだろう! この薄情者!』
 はっとしたセルティは、猛然と新羅にPDAを押し付けると、ついでとばかりに襟元を掴んで揺さぶった。
「わわ、ごめんよ! 僕が悪かった!」
『あぁ、どうしよう。何がいけなかったんだろう』
 セルティは新羅を離すと、落胆した様子で肩を落とした。そんなセルティを、新羅が興味深そうに見つめる。セルティは、その視線を煩わしそうに払う仕草をした。
『新羅なんか、親父のガスマスクでも被っていればいいんだ』
 差し出された文面を見て、新羅はあからさまに動揺した。
「ええ!? さすがの僕でもそれはちょっと……」
『とにかく、もう暗いから追いかけてくる』
 セルティはそう言い残して、杏里の後を追ってリビングを出て行った。新羅はぽつんと取り残され、慌てた足音を聞きながら、静かに思案した。



作品名:ホーム スイート ホーム 作家名:窓子