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　人形遊びを楽しめる子供では決してなかったのに、手放してしまったと気づけば懐かしいのはなぜだろう。波江は決して自発的に人形の髪を梳いたり、洋服を着せ替えたり、大人が女の子らしいと決めつけた幻想通りの行為はしなかった。大人の目がある場所で、内心ため息をつきながら女の子を演じていたぐらいなのだ。だのに、あの人形のぎょろりとした幼児よりも大きな瞳を、残しておけば良かったと思う郷愁が、いつの間にか芽生えていた。
　波江が現在有しているのは、たった一つの生首だけだ。数着の服も、白衣も、知識も、有しているというより与えられたような、世間で上手く生きたご褒美に誰かが手の中に放り込んでくれた、そんな執着の無さだった。かといって、決して波江が生首に執着していた訳ではない。首に執着するのはいつだって波江の周りの男たちだ。伯父をはじめとして、弟、そして今の雇い主。伯父はガラスの中に首を納めているだけで満足であった。弟は首を愛そうとした。首と、男たちの距離はだんだんと近づいている。そして、視界に映る、折原が生首の髪の毛を整える、陽気さが波江にはとても不愉快であった。誠二は、弟は生首に触れようとはしなかった。じっと見つめているだけで、たとえば弟にとって首は初恋であり神様であったから、触れるなど禁忌は犯さなかった。だのに、折原ときたら、神も仏も信じぬのだから、まるでボールとばかり投げたり受け取ったり、髪を梳いては結んだり、その扱いに躊躇が無い。鼻歌交じりに女物の櫛を取り出して、緩く波打つ髪を梳く。正面から見据えては、短いゴムで二つに縛り、解いては三つ編みを結ってはまた解く。