放課後ロンド
(3)
「圭一くん」
廃棄物の山に座る人影へ、レナは走り寄った。
「お、やっと来たか」
「ど、どこ行ったかと……思ってたんだよ、だよ」
「それはこっちの台詞だぜ。あっちこっち探し回ったんだぞ。まあ、でもここに居たらそのうち来るんじゃないかと思ってさ」
はは、と笑う圭一の手には鮮やかな色の袋。
「圭一くん、それ……」
「あ」
指摘されて圭一はそれを持ち上げて見せた。袋からはぽたぽたと絶え間なく水滴がしたたっている。足下にはそのせいでできたのであろう丸い染みがあって、どれだけ圭一がここで待っていたのか窺えた。
「……アイス?」
「レナにやろうと思ったんだけど」
ばつが悪そうな顔で、笑う。
「すっかり溶けちまったな。悪い」
「圭一くん、」
言葉を遮るように、レナは言い募った。
「謝らなきゃいけないのはレナの方だよ。圭一くんに……私…」
そんなんじゃない、なんて。
さっきは口をするりと吐いて出たはずの言葉が、今は口から出てこない。──言いたくないから。本当の気持ちじゃないなら、もう二度と言いたくない言葉だから。
「ごめんなさい……!」
「レナ」
困ったような圭一の声に、レナは頭を下げたまま上げられない。圭一の顔が見られなかった。もし呆れたと言われてしまったら。もういいと言われてしまったら。
「レナ、顔上げてくれよ」
「……」
恐る恐る視線を上げた先に見えた圭一の表情は笑ってはいなかったけれど、レナが想像していたような最悪なものでもなかった。レナと目を合わせると、唇を一度きゅっと結ぶ。それを見て、そうか、彼は緊張しているのかとぼんやり思った。結んだ唇が開かれる。
「俺の恋人になってください」
「──っ」
「誰かに知られるの、嫌か。俺はもう隠したくない。レナが俺の彼女だってどこでもちゃんと言いたい」
「圭一く……」
「恋がしたい、レナと」
「圭……」
「恋がしたい」
ああ、私は卑怯だな。
微かな自嘲を胸に仕舞って、レナは唇を結んだ。さっき圭一がそうしたように。
伝えなきゃ、ちゃんと伝えなきゃ。結んだ口を開く。
「私もだよ」
彼と、恋をしたい。
「圭一くんが、すき」
レナのくっきりとした声が暮れかけた夕空に響いて、圭一が眼を見張る。
それで充分だった。
「べたべただね」
指を舐めながらレナが言う。同じように指を舐めながら、圭一は後ろを歩くレナを振り返った。
「無理して食うことなかったのに」
「だって、せっかく圭一くんがレナにくれたんだもん」
「律儀なヤツ」
あの後、ふたりでアイスを分け合った。かたちはすっかり崩れてしまっていて、棒は使い物にならなかったので互いの掌に載せた。体温で溶けるスピードを更に速めるそれを、笑いながら大急ぎで食べた。
ふたりの掌はソーダの味と匂いがしている。
「レナ、手繋ごうぜ」
「え、レナの手べたべただよ」
「俺もだよ」
レナの答えを待たずに圭一は手を取った。温かい手に握り込まれてレナも握り返す。
「ほどくなよ」
「うん」
ひぐらしの声がのんびりと聞こえる。空はすっかり夕焼けに染まっていた。
帰路を辿るふたりの足は時間を惜しむようにゆっくりと、ゆっくりと、進んだ。
「梨花ちゃんにお礼言わないとな」
「魅ぃちゃんにもだよ」
「そっか」
「明日からいっぱいからかうって」
「魅音のヤツ……」
「でも、きっと今日までより楽しくなるよ」
「そうだな」
繋いだ手に力を篭める。
全部ぜんぶ、初めてだから。梨花の言葉を圭一は思い返した。そうだ、明日からは今日までと同じ、でも初めての日常がやってくる。今はなんだかそれが楽しみだ。
「……あ」
不意にレナの足が止まったので、圭一も引っ張られるようにして立ち止まる。振り返ると、レナが繋いでいない方の手をじっと見つめていた。
「本当に梨花ちゃんにお礼言わなくちゃ」
「どうかしたか?」
窺う圭一に掌が差し出される。レナが楽しそうに笑っていた。掌にはさっきふたりで食べたアイスの棒が載っている。
「当たりが出たよ」
ひぐらしが高く、茜色の空にないた。