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放課後ロンド

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(2)




「なんで逃げたりしたの」
「……うん」
「今更隠すようなことでもないじゃない」
「魅ぃちゃん、知ってたんだね」
「知ってたわけじゃないけど、そうだって聞けば驚かないよ」
「……うん」
 教室には魅音とレナの他には誰も居ない。さっきまで校庭で遊んでいた下級生の子供達も、いつのまにか帰ってしまったらしかった。ふたりの声だけが空っぽの教室に、やけに響く。
「レナ」
「ん」
「もしかして、私に遠慮してる?」
「……っ」
「なあるほどね、そういうことか……」
 ふたりはひとつの机を挟んで向かい合っていた。リラックスさせるつもりで行儀悪く椅子に座る魅音の意図は、目の前で項垂れるレナに通じない。なんだか事情聴取みたいだという思いが脳裏を過ぎったが、実際レナにとって今の状況は、それと変わらないのかもしれなかった。
「あのさ、レナ」
「……なに?」
「私は、好きな人には幸せでいてもらいたいって思う」
「……。うん」
「だからそんな顔しないでよ」
「魅ぃちゃん?」
「おじさんは欲張りだから。圭ちゃんもレナも、ふたりとも大好きだからさ」


 だから、


「行って来な。堂々としなよ。そうすりゃ私だって気使わないでちょっかい出せるようになるんだし」
「魅ぃちゃん」
「覚悟しなよぅ? おじさんは口喧しい小姑だからね。簡単にラブラブできると思うなよ?」
「あははっ、そうなのかな?……かな……」
 やっとレナが顔を上げて少し笑った。口調だけ茶化している魅音は、眼は真剣にレナを見ている。レナも目尻に滲ませた涙を拭いて、真っ直ぐに魅音を見返した。
「私、圭一くんのことすきなんだ」
「うん」
「だから、行ってくる。圭一くんに謝ってくるよ」
「うん」
「魅ぃちゃん、ごめん」
「……」
「ありがとう」
「……よし!」


 足音が遠ざかり、やがて消えて、ひとりになるとそれまで耳に入らなかった蝉の声が聞こえ始める。そこにはかなかなかな、とひぐらしの声も混ざっていた。
「……あーあ」
 そうか、もう、夕方になるのか。
「終わっちゃったなあ……」
 あのふたりのことは薄々感づいていた。傷つけるつもりはなかったのだろう。それでも言ってもらえないことが寂しかった。言ってもらえない理由も、やっぱり薄々察しがついていたけれど。
 大切にしようとしただけなのだ、ふたりは。恋と仲間を天秤に掛けてなんかいない。むしろ天秤の両側を常に釣り合わせようと精一杯だった。どうしてもどうしても、恋に傾いてしまおうとする日々の中で。
 抑え切れない思いは日常に侵食する。一度侵食してしまえば、日に日にその度合いは増えていく。魅音が遭遇したのはたまたま、そういう場面だった。
 ふたりは動揺していて、魅音はその様子にほんの少し傷ついてしまった。レナが魅音の変化に敏感に気がつき、焦りはレナに思ってもいない言葉を言わせた。
 ──圭一くんとは、そんなんじゃ、ない
 その場を駆け出してしまったレナ、レナの言葉に衝撃を受けた圭一は魅音に「ごめん」とひとこと言って、その場を立ち去った。取り残されて呆然とそこに立ち尽くしたような体にはなったが、彼らの中で一番はじめに冷静さを取り戻したのは魅音だった。
 このままじゃダメだ。
 あんなことを言わせてしまったのは、自分にだって遠からず原因がある。思ってから立ち尽くす足を鼓舞して踏み出すまでに、さほど時間はかからなかった。そしてその瞬間、魅音は腹を括った。


「ま、実際終わってみれば……ほっとしたような……何と言うか……ねぇ」
 誰も聞いてはいないのに、魅音はひとり呟く。
「なるようになるっていうか、まあ、一件落着だね。これでいい……」
 ぽた、と雫が机に染みた。
「いいんだよね」
 ぽた、ぽた、ぽた……
 雫の数が増えていく。それが何なのか見るまでもなくわかっていた。手の甲で目を拭っても止まらない。
「いいよね。今日くらいはさ。失恋、しちゃったんだし」
 はは、と誰にともなく笑い──笑っていることに気がついて、魅音はまた笑った。わざと声を上げてみた。
 それは自分でも意外に思えてしまうくらい、愉快そうな音で教室に満ちた。涙は止まらないけれど、それでも笑っていられることが嬉しかった。

作品名:放課後ロンド 作家名:にこ