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I'm in love?

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あなたの影が夜毎にあらわれて
はずかしながら今日も睡眠不足
ちっとも笑えない 今にも雪崩が起きそうで
ああ神様、この感情はなんなのでしょう?




「好きだってことなんじゃねぇの」
 机を挟んで向かい側に座ってパンに齧り付きながら、岳人は至極あっさりと答える。
 幸せそうに食べている岳人とは対照的に、告げられた忍足はまるで死刑宣告でも受けた囚人のような表情をした。そのまま引力に従い、突っ伏す。
「あ、死んだ」
 自分の発言でどれだけ相棒がショックを受けたか十分に把握しながらも、岳人は呑気に食べ続ける。
 忍足は暫く獣のように低く呻いていたが、顎を机に乗せる形で顔を上げ、上目使いで恨めしそうに岳人を見た。
「それだけはいややー…」
 勘弁して欲しい。それだけは、絶対に。
 情けないながらも頑迷に首を振る忍足を見て、岳人は呆れたような表情をする。
「なんで。だって侑士、最近ずっと跡部ばっかり見てるじゃん」
「うっ」
「視界にいなけりゃ探してるし」
「うう……」
「何より跡部の側にいる時の顔!始終緩みっぱなしでキモいし声のトーンからして違うし隙あらば 触ろうとして殴られてるし」
「ううう~……」
 どうやら自覚はあるらしい。その上であえて否定するのだからどうしようもない。
「それでも嫌なん……」
「だから何でさ?」
 跡部、良い奴だよ。
 岳人は、跡部のあらゆる難点を踏み倒し一括りに纏めた評を述べる。間違ってはいないのだが、跡部を一言「いい人」と評するには些か……いや、かなり問題の多い人物であることは否めない。しかし岳人は、結果があっていればいいという、限りなく大雑把かつ適当な相槌を打った。
 そんな岳人の弁に特に反論する様子もなく、忍足は情けなく下がった眉に深々と皺を刻み込む。が、難しげな表情のわりに視線がうろうろと彷徨い落ち着かない。
「……それは、判っとるよ。ほんまは普段の言動ほど滅茶苦茶な奴やないし、意外と一般人並の良識も持っとるし、……基本的には優しい性格なんも、知っとる」
 ぼそぼそと躊躇いがちに呟く忍足は、何故か云い訳をしている気分になって、最後の方は尻すぼみに小声になっていく。
「んじゃ、何が気に入らないっていうのさ」
 相棒の煮えきらない態度に、岳人は次第にイラつき始めた。ぐずぐずと何時になくはっきりとした理由を云わない忍足は、まるで無い物ねだりをしている子供のようで気に入らない。岳人の眉間に皺が刻み込まれる。
 忍足は、岳人の顔が不快の様相を呈し始めていることに気付き、やや慌てて自分の一番の懸念を告げた。
「やって、跡部男やん!このままじゃ俺、ホモになってまう」
 そう、忍足が心底嫌だと思っていることはそれだった。それはそうだろう。生まれてから今までずっと普通に育って、これまで男にそんな気持ちなど感じずに過ごしてきたのだ。勿論初恋は女の子だったし、その後も心惹かれたのは異性だ。
 それがここに来て、今までを覆すような事態になるとは。しかも相手は跡部である。忍足が動揺するのも無理はなかった。
 しかし岳人は、そんな忍足の懊悩を鼻先で笑う。
「なんだ、そんなことかよ。それぐらいでぐちぐち悩むなんて、侑士も意外と小さい男だな」
 ハッ、と小馬鹿にするように笑われて、忍足はむっとする。
「そんなことって何やねん。十分大事やないか。んじゃ岳人は自分がホモや判っても動じんのか?」
 忍足の言葉に岳人は一口パック牛乳をすすった。岳人は最近よく牛乳を飲むようにしている。密かに牛乳の威力で、樺地並に育つことを目標としているため暇さえあれば飽きずに飲んでいた。そうして喉を潤した後、あっさり、
「んな訳ないじゃん」
 と否定する。
「どないやねん」
 岳人は、憮然とした忍足を上目使いで睨み上げ、顔の前に人指し指を突き出す。
「オレはオレ、侑士は侑士だろ!大体好きなやつが男だったからってなんだよ。侑士は跡部のこと、性別越えてありのままを好きになったんだろうが。それって凄くね?そう思える相手が現れたんだから、素直になれよ」
「……ガックン」
 岳人の言葉に、不覚にも涙が浮かんできそうだ。戸惑うだけで一歩も踏み出せない臆病な自分の背中を押してくれる。そんな自分を安心させるように笑う岳人の友情に胸が熱くなった。
「……せやな。ありがとおガックン。俺がホモになっても岳人は一番の友達や!」
 うっすら眼を潤ませて微笑む忍足に、しかし岳人は頭と手を振って否定する。
「や、云っとくけど、オレ、ホモは差別するよ」
「そらどないやねんっ!」
 忍足は岳人の見事な掌返しに奮起するも、岳人の飄々とした態度は変わらない。
「云っただろ?オレはオレ、侑士は侑士だって。心配しなくても友達はやめないから」
 ダブルスパートナーは考えるけど。
 淡々と軽い口調で岳人は云う。
 ひどい。
 あまりに酷くはないだろうか。散々人にはいい加減に認めろだの素直になれだの諭しておいてこの仕打ち。
 忍足は打ちひしがれた様子で机にうつ伏せた。
 岳人はそんな相棒を横目に眺めて軽く息を吐き、窓の外を見た。今自分達のクラスは教師不在のため自習だが、グラウンドでは他のクラスが体育を行っている。その中で見付けたくもない姿を発見し、無意識に呟いた。
「あ、跡部発見」
 瞬間、隣でめそめそと泣いていた筈の忍足が急に起き上がり、目敏く外にいる跡部を見付けて相好を崩す。
(……こんな幸せそうな顔して追い掛けてる奴に、止めとけなんて云える訳ないじゃん)
 岳人は忍足に気付かれないよう、小さく諦めの息を吐く。
 そんな岳人の心中にも気付かず、忍足の意識は全て跡部に向かっていた。
 どうやら跡部のクラスでは短距離走をしているようだ。グラウンドの端で順番待ちをしている跡部にうっとりと見蕩れる。
 琥珀色の髪が陽に透けて飴色に輝き、乳白色の肌が内側から光を放っているかのように眩しい。長く、しなやかな肢体、ここでは遠くて良く見えないが、煙るような紫紺の瞳は友人達の軽口に笑んでいるだろう。顔に浮かぶ表情はこんなにも健やかだ。
 忍足は瞬きを忘れるほど凝視し、眼に映る跡部の仕草一つ一つに、とくとくと鼓動を速めている。
 これが恋でなくてなんだというのか。
 こんなにも意識の全てを奪われる。彼を眼の前にすると、意固地に悩み続ける自分がどこかに消え去ってしまう。それほどに跡部の存在は大きく、気付かない間に胸の中に住み着いていた。
 ふと、跡部が待つのに飽きてきたのか小さく欠伸をする。それを図らずも目撃した忍足は、その 不意打ちの攻撃にあえなく撃沈した。
(ど、どないしよ、むっちゃ可愛え……!)
 どうするも何もないのだが、とりあえず先程から忍足の胸はキュンキュン鳴りっぱなしである。
「な、なになにー?なんかキューンって聞こえるんだけど!」
 突然の奇音に周囲を見回す岳人はもちろん無視だ。はっきり云ってそれどころではない。
作品名:I'm in love? 作家名:桜井透子