【イナズマ】仔兎の鼓動
「……俺は、そういうことはよくわからないんだ」
「……ああ、だから無理に答えなくてもいい。困らせたいわけじゃないんだ」
「話は最後まで聞け。だから、その……でも、別に嫌なわけじゃない。むしろ、嬉しかった、と思う」
「鬼道」
「よくわからないけど、俺も風丸が傍にいるのなら、どんなに良いだろうと思う。お前の傍は、なんというか……」
「……うん」
「居心地が良いんだ」
死んでしまいそう。そう思った。
今ここで寿命が尽きてもおかしくない。
どんなに全力疾走しても、こんな息苦しさに襲われたことなんてないのに。
耳は熱いし、頭は回らないし、きっとひどい顔をしている。
風丸は目を丸くして、何度も瞬きを繰り返しながら自分を見ていた。
長い前髪の下の左目が、時折悪戯にちらつくのが、嫌に印象的だった。
一瞬だったのか、それともしばらくそうして見詰め合っていたのか、不意に風丸が組んでいた腕を解いた。
空に溶けていたはずの髪が、自分の頬に当たる感覚で、ああ、抱き寄せられたのか、と気づく。
胸が痛い。心臓が止まってしまう。
「鬼道」
「あ、あ……」
「こういうの、嫌じゃない?」
耳元で聞こえる声に、こくこくと頷くのが精一杯だ。
自分よりも少し背が高い。
陸上とサッカーでしぼられた体は、見た目よりもずっとしっかりしているのだと、腕の中で初めて知った。
どこか懐かしい、太陽の匂い。
嫌なものか。
こんなに居心地がいい。
「ありがとう、鬼道」
こんな優しい声は聞いた事がない。
ふと、触れたところから、自分以外の鼓動の音を聞いた。
仔兎の鼓動。
なんだ、と思う。
ああ、なんだ。風丸も、同じだったのか。
「……風丸」
「……うん」
「よくわからないんだが、その」
「うん」
「これから色々と、宜しく」
一瞬の沈黙の後、肩越し、明るい笑い声が空に溶けた。
何か妙なことを言っただろうかと思ったけれど、そこに滲んだ嬉しいという気持ちに気づいて鬼道は唇を結ぶ。
聞こえる鼓動の音は、どちらがどちらなのか、もうわからなくなっていた。
作品名:【イナズマ】仔兎の鼓動 作家名:茨路妃蝶