あまいやくそく
そんなことがあったのが、昨晩のこと。
シュミットが怒っていたのは、連絡も報告もなく二人が出かけて心配をしたのだ、という風にみなが思っているだろう。
実際に、食事中に不機嫌を引きずったシュミットにヘスラーがいれたフォローは、これからは外出の際にはみんなきちんと報告を入れてからにしよう、とか、そんな内容のものだった。
しかし、目の前で恨めしげにパフェパフェ繰り返しているシュミットを見なくても、昨日の不機嫌の矛先は、組織の一員として連絡なく出かけたことに向かっているのではないことを、エーリッヒは知っている。
「シュミット、拗ねないでください、小さな子どもみたいに」
「拗ねてなどいない」
「はいはい、そうですね、僻んでいるだけでしたね」
「……僻んでもない!」
「はいはい、じゃあいじけないでくださいね」
「………………」
立て続けに返すと、じっとりとした目つきで黙り込んだシュミットが、しかしすぐに口を開く。
「……お前が、」
「はい?」
「お前が、俺に黙って出かけるのが悪い」
「…………」
苦笑する。
「お前が、俺を置いていくのが悪い」
「……はい」
「置いていくな」
「はい」
アドルフもまた、「心配性」とか「頭が固い」というようなことを言っていたが、エーリッヒの捉えはまったく違う。
ただ単に、エーリッヒが自分を置いて街歩きを楽しんできたことに拗ねているだけなのだ、このひとは。
普段はあんなに傲岸不遜で大人顔負けの余裕を見せているくせに。
単に拗ねているだけ、なんて。
「分かりました、もう、しませんから」
おかしくてついつい頬が緩んでしまうのを、微笑みに隠してそう告げる。
「本当………だろうな?」
「はい、今度はあなたと行きますよ」
そして、しばらく甘やかしておけばそれが不機嫌を直す一番の特効薬であることも、エーリッヒはよく分かっている。
「でも、今日は無理そうですから、」
「…………なんだ、」
「今度の週末、一緒に行きましょうか、二人だけで」
二人だけ、の部分に重点を置いて言えば、途端に顔を明るくして、けれどまだ不機嫌を装ってわざわざ眉間に皺なんて寄せてみるものだから。
「なんで笑う……」
「いえ、僕も嬉しいので」
「………当たり前だ」
ふんと鼻を鳴らして、腕を組んで、そっぽを向いた。
くすくすと漏れる笑いを抑えもせずに、エーリッヒはシュミットの腕にそっと触れた。
ねえ、シュミット。
あなたと二人なら、僕だって嬉しいんですよ。
ねえ、シュミット。
2010.8.18