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西園寺あやの
西園寺あやの
novelistID. 1550
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お兄さまと白ねずみ

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「お兄さま。ご一緒に着替えていただけませんか? お揃いです」
嬉しげな表情でいそいそと近づいてきたかと思うと、いいかげん聞き慣れてしまった言葉を口にした。
愛らしい笑顔で、悪びれずにねだりごとを伝える。
この妹は、何故いつまでたっても我輩とお揃いのものを身につけたがるのかと、スイスは不思議に思う。
それが多少とんでもないものであっても、結局は最後に自分が折れることになる。結局、自分はこの妹に甘いのであると、いいかげん自覚はしている。
が、しかし。
今日さしだされたものは、いつもとは毛色が違う雰囲気で、なにやら微妙な警戒心が芽生える。
なんといっても白いもこもことした生地で、やたらと分量というか布地の面積が大きい気がする。
服でもなく、マフラーにしては嵩が高すぎる。
しばしその物体に視線を釘付けにし、それからゆっくりと目線を上げ、妹の顔を見上げる。
ただソファに腰を下ろしているだけのことなのに、いつもとは違う目線の具合に、心なしか威圧感すら感じたが、その動揺をなんとか押し殺し、平静を装った声を絞り出す。
「……なんなのである、このもこもこは」
「日本さんからのクリスマスプレゼントです」
「……なぜあやつからそのような物が届くのだ」
「少し前ですが、手作りチーズをまるごとお送り致しました。その御礼とのことです」
「は? まるごととは……」
「丸いチーズをまるごとです。日本さんが実物をごらんになったことはないと仰っておられましたので、お目にかけようと思って。ホールで特大をお送りしました。お喜びいただけたのだと思います」
リヒテンシュタインは邪気のない笑顔でにっこり微笑んでいる。しかし、話しながら『特大』と説明する際に動いた手はめいいっぱい拡げられていた。
一般的に言って、いくら相手が国とはいえ、個人に向けて送るべき大きさのものではない。あきらかにそれは業務用サイズだ。スイスは内心で日本に同情しつつ謝罪しつつ、改めてもこもこへと視線を戻す。
「………本当にそれは礼であるのか」
「はい。お手紙がついておりました。丁寧な御礼と、兄さまとご一緒にどうぞと。それに兄さまにはおまけまでついているのです。私も部屋で着替えてまいりますので兄さまもお早く」
はしゃいでいる。
頬を紅潮させ瞳をきらきらと輝かせ、あきらかに気分が昂揚している。ものすごく楽しみにしている気配が伝わってくる。
その期待オーラに気圧されるようにして、スイスはいつのまにか、もこもこと、なにやら付属品をひとまとめに持たされ、自室に押し込まれていた。
無論、リヒテンシュタインも自分の部屋で着替えを始めているはずだ。
スイスは自室で、しばし呆然と立ち尽くしていたが、意を決したように姿見の前に立つと、白いもこもこを拡げて確認してみた。



それは、なにやら動物らしき、着ぐるみだった。



しばしの思考停止時間の後に、どうにかスイスは我を取り戻した。座り込みたくなる気分を押さえ込み、両足でふんばりもちこたえようとする。
「………なんだ、これは。うさぎか。いや、これが耳であるのか。耳が小さいからうさぎではないな。………これか、これは………ねずみ。であるか?」
着ぐるみを縦にしたり横にしたり、ひっくり返したりしている内に、布地に描かれたねずみのイラストを目にとめ、ようやくそれがなんであるのかの予想がついた。
白いねずみ、であるらしい。
「こ、これを……我輩が着るのであるか」
小さい耳付きカチューシャまできちんと揃っている。 イギリスを脅しつけて呪いの椅子を奪い取り、それに日本を座らせてやるにはどうすればよいかと具体的に検討に入り始めたその時、扉をノックする軽やかな音が響いた。
「お兄さま。お着替えはいかがですか? お手伝い致しましょうか」
「いっ、……いや! 大丈夫なのである!」
リヒテンシュタインの呼び声に、ほぼ反射的に返事を返してしまう。
「わかりました。では居間でお待ちしておりますね。とても楽しみです」
「そうか。……す、すぐに行くのである」
小さな足音が扉の前から消え、階下へ降りていく気配と共に消えていった。
完全に墓穴を掘ったことに気づいたスイスは、白もこを手にしたまま、ぷるぷると小刻みに震えていた。
断るタイミングは逃した。残された道はこれを着て階下へ降りるという一択のみだ。
「………ええい!」
やがて、腹をくくった様子でスイスは顔を上げ、姿見の自分の姿を睨みつけた。
「我輩はスイスだ。妹の期待に応えずしてなんとする。着てやろうではないか。ねずみのひとつやふたつ、なんのことはない!」
床に白もこを投げ捨てると、スイスは男らしく勢いよく着衣を脱ぎだした。

  

階段を一段下りるごとに、足の裏がもそりと蠢く気がする。足先までくるまれる形の着ぐるみは、決して安定性がよいとは言えず、スイスは手摺りを握りつつ、そろりそろりと階段を降りていく。
だが手摺りを握る手ですら、もこもこからは逃れられない。柔らかでふかふかの生地が手指の先までも包み込むようにできていて、まさに全身着ぐるみの名にふさわしい出来だった。
日本文化はオリエンタルな雰囲気があることは承知だが、この着ぐるみ技術も文化のひとつなのだろうか。やはりあのキモノという絢爛豪華な衣類を作る技術が制作に生かされているのだろうか。
……あんまりな展開に、現実逃避も兼ねてのことか、いま考える必要のないどうでもよいことで脳内を埋め尽くし、ゆっくりゆっくりと居間へ向かう。
だが、どれほどゆるやかに歩を進めようと、いずれは到着する。普段は暖房を節約するためきっちり閉じられている扉も、いまは開け放たれている。待ちきれないリヒテンシュタインが扉を開けたまま、待ちかまえていたのだ。
「……兄さま! うれしい、お揃いです!」
まだ廊下にいる段階で、室内にいるリヒテンシュタインから歓喜の声をかけられ、スイスの頬にうっすらと朱が差した。
リヒテンシュタインも無論、揃いの白いねずみ着ぐるみに身を包み、小さな耳カチューシャも付けてソファにちょこんと座っていた。スイスの姿に気づくと、歓喜の声と共に勢いよく立ち上がり、側へと駆け寄る。
「お待ちしておりました。兄さまにはまだ特別なものがございます。ごらんくださいまし」
スイスの腕に手を回し、身体いっぱいで引っ張るようにして部屋の奥へと誘う。リヒテンシュタインは元気はつらつとして、それとは対照的にスイスは常よりもややふらふらとした足取りで、妹にされるがままに連れ回される状態となっていた。
いろいろと精神的な衝撃は大きいようだ。
暖かい暖炉の前へとスイスをいざない、リヒテンシュタインはいったん腕を放し、座っていたソファへと駆け寄り、薄い黄色のなにかを手に取ると、再びスイスの元へと駆け戻る。
「兄さま、これは兄さまが持ってくださいまし」
「ま、まだなにかあるのであるか!」
「はい。チーズのぬいぐるみです」
手渡されたそれは、確かにチーズのぬいぐるみであった。だが、カットしてある形であるのにやけに大きい。不審に感じ、スイスは眉を寄せた。
「リヒテン。……まさかとは思うが、お前が送ったまるいチーズとやらは、これくらいの大きさか」