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西園寺あやの
西園寺あやの
novelistID. 1550
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お兄さまと白ねずみ

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チーズの外周を指先でなぞり、そのラインを延長するようにしてぐるりと大きな円を描いてみせる。
リヒテンシュタインは目を見開き、大きく頷いた。
「………まあ! 素敵です。その通りです! 私は全く気づきませんでしたのに。きっと日本さんはあのチーズを喜んで、わざわざそれを添えてくださったのですね。やっぱり兄さまはすごいのです。さすがです」
胸の前で小さく手を叩き、リヒテンシュタインは大喜びしている。
それに水を差すような度胸はなく、スイスは妹に背を向け、空いている手で握り拳を作り、ふるふると震わせた。
なにが礼だ。しっかりきっぱりやり返しているではないか。しかも我輩にだけわかるように計算され尽くしている。あの不届き者めが!
「兄さま、どうかなさいましたか?」
背中にふにゃん、とした柔らかい感触がした。
スイスは首を捻るようにして背後を見た。
着ぐるみ姿のリヒテンシュタインが、腰に手を回してしがみついてきている。
「リ……っ……!」
「うれしいです。お揃いです。……せっかくなのですから写真を撮りませんか。日本さんにも送ってさしあげたいです」
あどけない表情で小首を傾げるようにして、甘い声音でねだりごとを口にする。
スイスの顔は一気に紅潮し、血流が全身で沸騰しそうになる。口をぱくぱく動かしながらも、どうにかスイスは首を横に振ることが出来た。
「まっ、待て! いかん。それはならん!」
その言葉に、リヒテンシュタインは寂しそうに唇をとがらせ、スイスの背に頬をすりすりと擦り寄せ、再び兄の顔を上目遣いで見上げた。
「御礼には着た姿を見せてさしあげるのが一番だと思われませんか? なんでしたら日本さんのおうちへ直接お伺いしてもよろしいのでは」
無茶な提案とすりすりな行為に、すでにスイスの精神は限界いっぱいな状態になっていた。思わず、半ば悲鳴を上げるようにして、裏返った声をあげてしまう。
「……リヒテン。なぜ今日に限って、お前はそれほど積極的なのである!」
「………だって兄さまが、とっても可愛らしいから」
ふんわりとした笑顔を見せ、リヒテンシュタインは囁いた。
スイスは身を硬直させ、しばし微動だにしないまま立ち尽くしていたが、やがて首を不自然な動きでぐぎぎぎと動かし、顔を正面向きに戻した。
それから、かなり小さな小声で囁いた。
「………。 ……お前の方がよほど愛らしいのである」
その言葉は、背中にぴったり貼りついたままでいたリヒテンシュタインにはきちんと届く。
その証拠に、腰に回された腕の力がぎゅっと強められる。チーズぬいぐるみを抱えたままで、スイスは一層頬を赤らめたのであった。



   *   *   *   *   *



結局のところ、スイスは根負けし、邸内でこっそりと写真撮影は行われた。しかし日本宛に写真を送ることだけは断固拒否を貫き、さすがのリヒテンシュタインも無理強いはせず、2枚だけプリントされた写真はそれぞれの部屋にある。
リヒテンシュタインの部屋では、お気に入りの写真立てに入れられ飾り棚の上に鎮座し。
スイスの部屋では、リヒテンシュタイン特製の小さなアルバムに収められ、普段は書棚の中に。
だが、それがときどき枕の下に移動していたりするのを、リヒテンシュタインは知っている。シーツを取り替える合間などに、たまたま見つけてしまったりする。
そういう時は素知らぬ振りをして、スイスに片づける隙を与える。おそらくは、自分に見つけられたりすることを、スイスは喜ばないと思うからだ。
一緒にたくさん喜んでほしい。
お揃いでたくさん笑い合いたい。
そんな祈りにも似た気持ちを込めて、リヒテンシュタインは今日も今日とて揃いの品を考える。
二人の想い出アルバムが、いつまでも増え続けていくことを願いながら。