口にすれば甘く融ける
◆ ◆ ◆
事はそんな話をしてから、大分時が経ってからのことだ。
大きな仕事が一つ片付いて、疲れ果てた綱吉は柔らかいベッドに思い切りダイブする。
(あああぁ~~、もうこの為に生きてたよ!)
疲れ果てた体を宥められる心地よさ。
更には遅れて骸までやってくるのだから、文句は無い。
「埃が立ちますよ」なんて小言をこぼしながら、それでも骸が綱吉を見る目は優しいし。
(……あれ)
というか、いつにも増して甘い気がした。
しかしベッドサイドに腰かけて、敷き布団に俯せに顔を埋めている綱吉の頭を撫でてくるので、いいかと目を閉じた。
普段は手袋をしている骸の素肌がさらさらと気持ち良くて、ゴロゴロと喉を鳴らす猫のように、その手のひらになつく。
そのうちに骸は何かを取り出して、こつんと綱吉の頭の上に乗せた。
文庫本くらいの箱……何だろう、軽いものだ。
「ん?何?」
落とさないようにそっと手を伸ばして取ると、黒くて平べったい箱には淡い金のリボンが掛けられていた。上品で綺麗な化粧箱だ。
軽く振ると、中はコトコトと音を立てた。
(小さいもの……しかも複数。何だ?)
箱と骸の顔を見比べる。
綱吉が好奇心からリボンをむしるように解く前に、骸が中身を教えてくれた。
「チョコレートです。僕が選んだ以上、味は期待してもらっていいですよ」
「チョコレート……?あぁ、そっか。バレンタインか」
そんな行事すっかり忘れてた。
偶然とはいえ、この時期は骸と離れていたことが多く、そういえばこうなってから一緒に迎えるのは初めてかもしれない。
だからこそ、まさか貰えるとは思っていなかったので、全く注目外のイベントだったのだ。
お前のためみたいなイベントなのにな、と少し申し訳ない気分になる。
「ありがとう。でも、ゴメン。お前チョコ好きなのに用意してないよ」
が、骸は気にした風ではなかった。
「それは別にいいですよ。つまりはイベントに託つけて感情を伝える日なんですから。……ねぇ、綱吉くん。好きです。大好きです。愛してます……とね」
「なっ!?」
戯言というには、あまりに感情が込められていて、いきなり何を言うんだと綱吉は目を激しく瞬かせた。
普段聞かないだけにとても焦る。じわじわと赤くなってしまうほど。
「おっ、お前、そんな言葉は嫌いじゃなかったのか?」
「考えを改めたんですよ」
「どんなふうに!?」
こういうとき、骸はろくなことを言わないと知りつつも、聞かずにはいられない。
そして案の定、ろくでもないことを言ってくれるのだ。
「だって歌ごときが何度も愛を告げるのに、僕が君に愛を囁かないなんておかしいじゃないですか」
菓子なんかよりよっぽど甘い視線と声で。
「君に一番焦がれているのは、何処ぞの歌手ではなく、僕なんですよ?」
「……はぁぁ!?」
突飛な発想はあまりに骸らしいが、それよりも普段からは考えられないほど甘い気配にくらくらした。
骸との関係は、信頼は置きつつも、同時にいつ危険に晒されるかわからない駆け引きを楽しんでいるような、張り詰めたものだと思っていたのに。
(この甘さは何だよ!?)
綱吉はパニックもいいところだった。
「ば、馬鹿じゃないのか……っ、この…負けず嫌い!」
しかし骸はどこ吹く風。
「何とでも。それより、君は言ってくれないんですか?」
言葉と共に、箱を持っているのとは反対の腕を取られ、じっと見つめられる。
経験から、これだけで一気に追い詰められたのを悟った。
「言って、欲しいって……?」
骸の美貌に弱いオレは熱に浮かされたように、擦れた言葉で聞き返してしまう。
視界の端で、ベッドルームの間接照明に照らされた艶のある藍の髪が、するりと広い肩を滑り落ちていくのを捉えただけで、ごくりと唾を飲み込んだ。
……半ば降伏しかかっているのも同じことだ。
「えぇ、君がそう思ってくれているのなら聞きたい。……思い出してみれば君も言わなかったでしょう?」
「オレは……」
少なくとも骸より言ってると思う。
けれど一つずつ数えていけば、両手で足りてしまうほどだったかもしれない。
でも、それは言葉が嫌いとかいうより。
(単に恥ずかしいから、だけだったような……?)
つまりそれは、考えを変えたからと、言葉を出し惜しみしなくなったコイツとは違い、今もって言い難さは変わっていないのだ。
(コイツに、この距離で、愛してるとか言えって!?)
そんなの無理、と即座に告げる弱い心に対して、骸が更にもう一押ししてくる。
「綱吉くん。言って、くれませんか」
(その顔とその声ででそんなことを言うか!?反則なんだよお前は!)
自分こそ“麗しきI世”とそっくりな顔をして、一部から熱狂的で崇拝にも似たものを捧げられているくせに、棚に上げて怒る。
「ねぇ、綱吉くん」
けれど、その妖しい二色の瞳に見入られて、そこに乞う色を見い出してしまえば、綱吉の羞恥心など脆いものだった。
「……愛してる」
「クフフ。ありがとうございます。……僕も愛してますよ、綱吉くん」
そうして『好きだ』、『愛してる』とまた繰り返す。
今まで一体どこに隠していたのか、過剰なほどの恋情を見せつけながら。
「……言いすぎっ。お前は極端なんだよっ!」
照れ隠しにベッドに顔を埋めても、美しい黒い菓子は離さない。
その時点で、どちらの勝ちかは決まったようなものだ。
こうやって甘いイベントに毒された綱吉は、正真正銘、骸が自分の『恋人』であるのだとしっかり認識させられたのだった。
作品名:口にすれば甘く融ける 作家名:加賀屋 藍(※撤退予定)