噛み癖
ぼくとの約束を守れなかったのが悔しかったのだろうか、ダークがぎゅっと唇を噛んだ。勿論ぼくはそれを見逃さずに、ダークの唇に指を置き、置いた親指を上手くころころと動かして唇を噛むのをやめさせた。
「噛んだらだめだよ」
「それもわかってる。……血が、出たな」
ダークがぼくの肩に指を伸ばして、血を拭ってくれた。しかしその拭った血を近くに拭くものがないからと、そのまま指についた血を舐め取ってしまった。
それだけならいいけれど、またダークがぼくの肩に顔を埋めてくる。正直また噛まれるんじゃないかと慌ててダークの体を押し返そうかと思ったけれど、ダークはぼくの肩を噛むのではなく、さっき噛まれたせいで血が流れている部分に口をつけ、そのまま流れる血を舐め取られた。
「ダーク! 何やって……!」
「血が出たから」
「そんなの拭けばいいから……」
「じゃあ、消毒」
「じゃあって……あのね」
何が悪いのか、何故だめだったのかということを理解していないのか、ダークがかくん、と首をかしげた。傾けた首を元に戻した後、ずい、と顔を近付けて来た。視界いっぱいにダークの顔が広がる。
自分と同じ顔がどんどん近づいてきて、やがて焦点も合わなくなるぐらいにダークの顔がアップになって、そのまま唇を奪われた。
ただキスされるだけならいいけれど、さっき肩の血を舐め取られた時のように、キスというよりはむしろ唇を舐められたような感じだった。ぞわりと体が震える。
息苦しくなって、酸素を求めて僅かに口を開けたその瞬間に舌を捻じ込まれた。所謂ディープキスとかフレンチキスとかいうものではあるが、頭の中を埋め尽くしたのは甘い感情じゃなかった。
「っ! ……もう!」
出来る限りの力をこめてダークの体を押し返した。まさかキス中に無理矢理体を押し返されるとダークも思っていなかったのか、ベッドの向こうに吹っ飛ばされたダークの顔に、わけがわからないという言葉がしっかりと書かれていた。
「……なんなんだ?」
「今度は舌を噛もうとしただろ」
「そんなつもりじゃない」
「そんなつもりじゃなくても無意識に噛んじゃうだろ、ダークは。……もう寝る」
そっぽを向いて毛布を手繰り寄せ、枕にぼすんと顔を埋めた。同じようにダークも横になって、ダ隣からダークに背を向けているぼくに声をかける。
「シャワーはいいのか」
「そんなの明日でいいよ。もう眠いから」
「じゃあ、おれも寝る」
そう言ったダークが毛布の中に滑り込んでくる。そのまま後ろからぎゅっと抱きしめられた。
「明日は、大丈夫だ。もうしない」
「嘘だろ」
「お前の言うとおり多分嘘になるだろうけど、でも、そう言わせてくれ」
「……」
ぼくは何も言わなかった。ダークの言っていることはきっと嘘になると思う。それはダークが一番よくわかっていることだろう。いつもきつく言ってはいるけれど、そう簡単に止められるものじゃない。
自分の体に回された、ダークの腕が緩んだ間に体を仰向けにして、ダークの頭にぽん、と手を置いた。
多分、またダークは爪を噛む。爪じゃなくて他のものか、あるいはさっきみたいにぼくが噛まれるかもしれないけれど、でも、
「(なんだかんだで、許しちゃうんだろうな)」