素直じゃない貴方の隣
「僕がわざわざ策を弄さずとも堕ちてくるなんて、君は馬鹿ですか。沢田綱吉」
骸はそんな言い様で、綱吉下した結論と綱吉自身のことを嘲って、憐れんで、責めて……許した。
骸の手。執務机越しに伸ばされた腕。長い指が、するりと座っている綱吉の頬に触れる。
低い体温。その温かさが、綱吉の救いだった。綱吉は身を任せ、うっとりと目を閉じる。
「骸……」
骸が今、俺を悼み悲しんで、そのくせどうしようもなく喜んでいることに綱吉は気付いている。
悩み続けた末に、マフィアを解体するという悲願のため、骸のいる二度と抜けられない深みに己が身を堕とすと決めた俺を。
複雑なこの男のことをそれぐらいなら分かるようになった。
……時の力とは本当に偉大だ。そう思って、つい口の端が上がる。
骸はそれを見とがめた。
「何を笑っているんです?」
「ん……さぁ、何でだろうな」
責められている今が嬉しいなどと言ったら、この男は嫌そうに眉を潜めるだろう。君を喜ばせたくて言っているわけではないと。だから俺は笑って流した。
代わりに現れたのは呆れた顔。
「……とうとうイカれましたか?」
俺は半分笑ったまま言ってやった。
「イカれてる。お前と同じくらいに」
「僕に喧嘩を売ると、高くつきますよ?」
骸は今度こそ嫌そうな顔をして、脅しを込めた低い声で囁くが、今の俺には怖くない。
あぁ、ホント。だから“イカれてる”。
「はは、売らないって。お前を怒らせると怖いから」
「……全く。嘘つきですね」
憮然とした骸は、
『嘘つきの口は塞いでしまいましょうか』。
そんな言葉を囁いた後、唇をゆっくりと綱吉のそれに重ねてくる。
キスは軽く、くちゅっと小さく音がたった。
悪戯を咎めるそれだけで離れてしまいかけた体を引き留めたくて、綱吉は椅子から腰を浮かせて骸の首に腕を回す。
「おや、誘ってるんですか?ボンゴレ」
「誘ってるかも、な」
これくらいでもお前が誘われてくれるなら、いくらでも。瞳に強請る色を載せる。
「クフフ。では誘われて差し上げましょうか」
軽く笑って骸は綱吉の後頭部を捉え、先程とは違った深いキスを仕掛けてきた。
「ん……」
口内を余すことなく蹂躙していくような執拗な口付けに、この男が決して認めることはない執着を感じて、綱吉は心地好く酔った。
知っての通り、イカれている。
全く素直ではないこの男に。
いつから?
それは割合、綱吉の中ではっきりしていた。
作品名:素直じゃない貴方の隣 作家名:加賀屋 藍(※撤退予定)