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加賀屋 藍(※撤退予定)
加賀屋 藍(※撤退予定)
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素直じゃない貴方の隣

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“僕と同じ場所へようこそ、可愛そうなボンゴレX世”
かつて、そうやって骸は打ちひしがれていた綱吉を許容した。




あれは今から5年より更に前。
初めて自分の部下に敵対するファミリーの殲滅を命じた日だ。
誰もが優しすぎる綱吉の心を思い、目を逸らした夜。

誰にも気付かれないように自室で、ひとり綱吉は震えていた。
もっともらしく貼りつけただけのボスの顔など、風に吹かれても飛んでいってしまう。皆の前では、それでも平然としているふりをしなければならなかったから。
「殺せ」と命じておいて、相手を思って泣くなんて論外だ。
自分のエゴで人を殺すものに、殺されるものたちを悼む資格などないのだから。
痛みを振り切るように無心に仕事をした結果、綱吉はいつもの倍近い速さでキーを叩き、ペンを走らせていた。
気付けば普段は深夜に及ぶ量が、まだ夜の入りだというのにすっかり片付いてしまっていた。
いつもなら「これで寝れる!」と泣いて喜んでいるが、今に限っては嬉しくない。余計なことを考えてしまいそうで。
本当に上手くいかないものだ。

もうどうしようもなかったから、「殲滅」……皆殺しにせよ、という結論を出したのに。

綱吉は明かりもつけないまま、ベッドの上に上半身を投げ出し、足は端からだらりと床に垂らした。
カーテンの隙間から僅かに漏れる月明かりがぼんやりと寝室の中を照らし出している。
どんなに長く住んでも、生活感の出ない高価な家具で充たされた部屋。
自分の居るべき場所を問いたくなる。本当にここなのか、と。
軋む心を押し殺し、虚ろに天井を見上げていると、ノックの音がした。
綱吉の返答を待たず、扉が開く。暗い部屋に廊下から射し込む方形の光が溢れる。
眩しさに目を眇めると、その中央に立っていたのは、残酷な夜を押し固めたような黒ずくめの人物だった。
「こんな時間に就寝ですか。いい身分ですね」
「……骸」
その声で誰かを知る。戸口に立っていたのは骸だった。
「下働きの僕には羨ましい限りだ。報告にきましたよ」
起きなさい、とベッドの上のこちらの様子など一切気にせず、部屋のライトをつける。
報告に他でもない骸が来たのは、それが彼にとって一番手っ取り早かったせいなのだろう。
だからこそその知らせが、自分の下した殲滅命令に対しての結果だと、綱吉はすぐにわかった。
きっと他の誰も今の俺に言いたくない言葉であるはずだが、骸にとって綱吉の感情は『関係がない』から、骸だけは躊躇いなく俺の部屋に入り、報告ができる。ある意味で人に頼むより早いに違いない。
俺は何も言わずに、もそもそと体を起こした。
寝るつもりはなかったため、ジャケットこそ脱いでいたものの、スーツ姿から着替えていなかった。ネクタイも緩めてはいたが外していない。ワイシャツは完全に皺になっているだろう。マフィアのボスに相応しく、ゼロの数を聞いたら袖を通せない額なのに。骸が寝ていた綱吉に顔を顰めているのはそのせいかもしれない。
無言のままの綱吉に骸はつらつらと報告する。
「予定通り、任務は恙無く完了しました。相手のファミリーの構成員から協力者を含めた完全な殲滅を確認。こちらの損傷は軽傷が数名です」
こちらが詳細です、と骸はデータの入ったメモリをベッドの綱吉の横に置いた。
殲滅、損傷。そんな言葉で表されてしまうのはたくさんの人の生死だ。流された血、鼓動を止めた誰かの心臓だ。許されない罪をまた一つ犯したのを感じていた。
けれど、綱吉に許された言葉は一通りしかなかった。張り付きそうに乾いた口で、言葉を発する。
「……わかった。ありがとう」
「いえ。与えられた任務はこなしますよ」
淡々と労いを受け、見返りさえあればね、と骸は言い添える。『マフィアと馴れ合いはゴメンだ』という態度を絶対に崩さない。
しかし、普段ならそれだけ言って去る骸が、報告を終えてもそのまま室内に残っていることを不審に思った。
「骸?まだ何か」
あるのか、と言う前に骸が笑った。
「クフ、クフフフ」
独特な、あの声を立てて。
堪えきれないといったように骸は肩を震わせて、ひとしきり笑った。
「クフフフフ、……失礼。ねぇ、沢田綱吉」
「……何だよ?」
いつものような『ボンゴレ』でなく、名前を呼ばれたことを不気味に感じた。一体こいつは何を言い出す気なのか。
……聞く前から、何だか、聞きたくない言葉のような気がした。

「君はいつから、殺人を『ありがとう』と言えるようになったんですか?」
「……っ!」
俺は鋭く息を飲む。
針のような、鋭く突き刺さる言葉を彼は続けた。
「少なくとも、君と出会った中学生のときはそうではなかった。君は人を傷つけることに強い嫌悪を持っていたし、人を殺すことなど決して受け入れなかったはずだ」
ねぇ、と骸は言い、親しげに笑いかけた。それは見かけが甘いからこそ、知らずに煽ってしまう猛毒のようだ。
骸の口から優しげに吐かれるのはいつも毒で、いつか全身に回って綱吉の息を止めそうだと思う。
……もしくは今すぐに。

「いつから君は人を殺すことを『有効な手段』だと考えるようになったんですか?」
痛い言葉だった。
胸の奥に封じ込めて無視していたはずの、あの頃の、中学生の自分が声を挙げる。

『こんなことおかしい。
どんな理由があっても人殺しなんて許されない!』

何か答えようと出た一言は、僅かに語尾が震えていた。
「……責めているのか?」
「いいえ」
骸は簡潔に否定した。
そうだろう。こいつが俺を責めてくれるわけがない。だって、嫌いな俺がそれを望んでいるから。
「ただ純粋に興味があるだけですよ。君がいつから変わったのか、ね」
色の違う左右の瞳が、全く違う温度で俺の心を抉る。
灼熱と極寒。熱疲労を起こして俺は砕けるんじゃないだろうか。
(……痛い)
胸が焼ける幻の熱を感じ、視線が下へと向いてしまう。
今の俺には骸を真っ直ぐに見返すことができなかった。
「クフ、顔を歪めるということはまだ染まりきってはないんでしょうか。相変わらず弱くて、幼くて……可愛いですね」
「止めろ」
ずいっと近づいてきた骸を短く押し留める。
聞き入れず、骸は綱吉の顎に手を沿えて目を覗きこんできた。
振り払いたくても両手はベッドに張り付いてしまったかのように動かず、石榴のように毒々しい赤と、氷雪のように凍えた蒼の瞳は、綱吉の心の奥まで見透かしてくるように思えた。
愉快、と骸が嘲笑(わらっ)て、手が離される。駄目押しに骸は付け加えた。
「もう少ししたら、歓迎してあげますよ。
“僕と同じ場所にようこそ、可愛そうなボンゴレX世”とね。
慣れてしまえば、なかなか棲み心地は悪くありません」
「……俺は」
俯いて、そうはならないと言いたかったのか、それとも他の何かか。
言いかけた言葉は、いつの間にか綱吉から離れてドアノブに手をかけていた骸に遮られた。
「返事は結構ですよ。それでは、おやすみなさい」
言いたいことだけを言って、失礼、と骸は去っていった。



取り残された綱吉はベッドの上に座ったまま、動けなかった。
骸が何を意図してあんなことを言ったのか、綱吉にはわからない。
鋭い言葉に抉られた胸は熱く、心がジクジクと痛んだ。