願い事、ひとつ
悪あがきだ、よくわかっている。
たとえばこれから先生き残ったとして、何年たってもきっと、静雄が戦争について思い返す時、きっと帝人を真っ先に思い描くだろう。誰かを愛したとして、その誰かと同じところには、きっと帝人がいるだろう。
それは多分もう、静雄の中では覆せない事実だった。
「・・・できれば、承諾してほしいです」
懇願するように言われては、もう拒否などできるはずがなかった。ごめんなさい、ともう一度繰り返すその表情は、初めて年相応の子供のように見えて、だから静雄は小さく笑い、それからようやく思い切って帝人の手のひらを握り返す。
おそらくこれが最後の接触。
名前を呼ぶことさえ叶わないだろう。
ましてや抱擁など、できるはずもない。
それでも静雄の唯一の敗北は、やっぱり竜ヶ峰帝人その人以外には、無いのだろう。
「承る」
ああ、今泣きそうな顔をしているなと、自分で分かっていた。
そんな静雄の顔を、帝人のまっすぐな目が映している。
帝人が死んだら、と、静雄は手のひらの中の体温を感じるために目を閉じた。ただ、泣きそうになりながら考える。
帝人が死んだら、一度だけ、ただ一度だけ抱きしめても構わないだろうか。
帝人はそれを、許すだろうかと。