【幸せ家族協奏曲】
【幸せ家族協奏曲】
まろにー
――青天の霹靂ってこういう時に使うんスかね。
視線を一点から動かせない静雄の問いに「んー、違うと思うぞ」とやんわり訂正した。
かく言うトムも静雄同様、視界に映る光景に困惑していた。
二人の目の前にはヘッドフォンを着けた青年と、青の反物を着流している青年が立っていた。
奇妙な組み合わせ、何もそれだけが二人に混乱を与えているわけではない。問題はこの二人の容姿にあった。
着物姿の青年は金髪に長身。静かに見つめ返してくるその瞳をトムはよく知っていた。
「静雄?」
小首を傾げて見知った――というか、今も隣にいる相棒の名を呼んでみる。が、物静かな雰囲気の青年は身動き一つしない。
代わりに反応したのは隣の相棒だった。
「トムさんにも見えてますか?」
「おう」
「じゃあ、ドッペルゲンガーとかじゃないんスね」
「ドッペルゲンガーって本人にしか見えねえのか?」
知らないッス、と彼らしい答えに苦笑して、トムは改めて二人の青年を見やる。そして、鏡を目の前に置いたような状況にやはり首を傾げてしまう。
静雄の兄弟は弟が一人だけだ。ましてや双子の兄弟がいるなどと聞いた事がない。何より静雄自身が知らないと言うのなら目の前にいる青年はやはり静雄の血縁というわけではないのだろう。
しかし、万が一の可能性を探ってしまうその原因は。
二人の青年の内――着物姿の青年は静雄と瓜二つなのだ。
そして、もう一人の青年は。
「びっくりした? お二人さん」
軽い口調と軽薄な笑みを浮かべた臨也がひょっこりと顔を出す。
同じ顔が二つ、不気味に並んだ。
そう、もう一人の青年は臨也とそっくりなのだ。
池袋で有名な二人と酷似している青年達。
その後ろで楽しげに笑う臨也。
――どう考えても嫌な予感しかしねえなあ……。
既に青筋をこめかみに浮かべている相棒を横目にトムは溜息を漏らした。
「いーざーやー。てめぇ何で此処にいやがるっ」
「何でってこの二人をお披露目する為だよ」
そう言って臨也は突っ立っている二人の青年の背中をポンッと叩いた。
「で、この二人は何なんだ? 一人は静雄に、一人はお前さんに似てるってどういう事だ?」
顎に手を当てて唸るとトムは臨也を見据えた。
「情報屋だけじゃ飽きたらずクローンを作る研究でも始めやがったか?」
一瞬の沈黙。そして、大声で笑い出したのは誰であろうトム自身だった。これには静雄も臨也も目を丸くした。
「いやいや、悪い。自分でも馬鹿なこと言っちまったなーってな」
ははは、と手を振ってみせるトムに静雄はどう反応していいのか迷いを見せ、そして臨也は次いで笑みを浮かべる。
「いくら俺でもクローンなんてものに興味はないよ。俺が興味があるのはあくまで人間。その偽物には、ね」
「じゃあ、一体こいつらは何なんだ?」
今にも臨也に飛びかかりそうな勢いの静雄を手で制しながら、トムは目の前の疑問を解くべく問う。
「こっちのヘッドフォンを着けているのがサイケ。こっちのシズちゃんにそっくりな気持ち悪いのが津軽。二人とも今インターネットやピクシブでオタク界(主に腐女子)を賑わす新星君達だよ」
「ぴ、ぴくしぶ?」
「ふじょしだぁ!?」
聞き慣れない言語に二人は困惑を隠せず、妙な顔になってしまう。
静雄に関しては眉間の皺は何本も入り、青筋は今にも血管が切れそうな程。加え、口をへの字に曲げ、小首を傾げる様は何とも奇妙である。
「まあ、そこらへんは帰ったらウィキペディアを見てよ。あ、もしくはドタチンといっつも一緒にいる狩沢さんとかいう子に聞いてもいいかも。多分嬉々として教えてくれるよ」
はあ、と何とも気のない相槌を打つと、臨也は気にした風でもなく話を勝手に進めていく。
「この二人はね歌が得意なんだ。それで今日はお二人さんにも美声を聴かせてあげようと思って」
主にサイケの、という言葉から臨也はサイケを気に入っているらしいということが分かる。もしくはただ単に静雄に似ているというだけで津軽を気にくわないだけかもしれないが。
イマイチ状況を飲み込み切れていない静雄とは違い、トムはある程度受け入れる姿勢を見せ始める。その証拠にカラオケに行こう、と息巻く臨也に大人しく着いていくサイケと津軽に早速話しかけている。
――「ヘッドフォンってずっと着けてるのか?」――「この着物自分で着るのか?」――「どんな曲歌うんだ?」――「サイケと津軽って名前でいいのか?」
どれも満足な返答はなかったが、サイケはにこにこと愛想良くトムに笑顔を向けている。一方、津軽は無表情で質問に頷くわけでも、首を振るでもなく、ただひたすら前を見据え、臨也に着いてく。
――ちっとは、愛想の一つでも見せればいいのによ……。
自分と同じ顔をした青年に静雄は複雑な思いを抱いた。
着いた場所は大手チェーンのカラオケ店だった。フロントで受付をした店員の女性は静雄と臨也、津軽とサイケの並んだ光景に目を白黒とさせた。
告げられた個室に入ると同時に臨也は早速サイケの歌う曲を選び始めた。鼻歌交じりに機械を弄る臨也の手元を覗き込むサイケは目を輝かせ、子供のようだった。
津軽は、というと。此処でもやはり椅子に座ったまま何も話さず、示さず、じっと動かない。
気付くのは静雄自身が津軽を見ているから。無意識に津軽を目で追っている静雄の耳元でトムは耳打ちする。
「緊張でもしてんのかね?」
「……どうッスかね。なんかアレにそんな器用なもんあるように思えないですけど」
「アレって、津軽だろ」
「……得体が知れないってことに関して変わりはないですから」
そう言うと静雄は津軽から目を逸らし、一層増した眼光にサイケが身を小さくした。
「シズちゃん怖いねー。サイケ、あの化け物に近づくと食べられちゃうから気をつけるんだよー」
からかい混じりの言葉を本気で受け止めたのか、それ以降サイケが静雄の傍へ寄ることは全くなくなってしまった。
ピッという機械音と共に画面が宣伝映像から切り替わる。マイクを渡され立ち上がったのは津軽だった。
壮大な印象のイントロが流れ始める。映像は真冬の海だろうか。冷たそうな風に肩を竦める女性が立っていた。
てっきり最近の曲を歌うものだと思っていた静雄は目を丸くした。
臨也が選曲したそれは有名な曲ではあったが、二十代の若者が歌うには古い。そう、この曲は。
「津軽海峡冬景色とはまた渋い選曲だな」
感心した風のトムは興味津々に津軽を見つめていた。
マイクを持ち上げ、息を吸った津軽はゆっくりとその口を開いた。
腹に響くような低音で歌い始めた津軽。その声はやはり静雄とそっくりだった。
先程まで人形のように微動だにしなかったその表情が、歌い出すと一変した。力を入れる部分では顔を顰め、歌詞の一つ一つに感情を込めている。
「彼らはね、歌う為に生まれたんだよ」
いつの間にかトムと静雄の傍に移動していた臨也がそう言った。
大音量の中、二人に顔を寄せて楽しげに。