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もう一度君を抱きしめたいんだ

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 仕上げには手首に共布のりぼんを結うことになっていた。住み込みのメイドが驚くほど複雑でかわいらしい結び目を作ってくれ、出来上がると全体を見るためにアメリカから2、3歩離れた。
「まあまあ、まあまあまあまあ!」
「そこまで言うようなこと?」
「ええ!」
 苦笑したアメリカに彼女はぽん、と両手を打ち合わせて、
「さすがは本国さまですわ。最新のスタイルではありませんが、それがまた清楚さを醸し出していますし、おそらく今日もあなたが注目の的になることを前提にしているのでしょう、シルエットだけでなく、細部まで拘りが感じられるデザインですから。アメリカになにが似合うのかを、あの方はほんとうによく分かっていらっしゃいますわね」
 では本国さまをお呼びして参りますね。まくし立てた後はアメリカに意見する暇をまったく与えずに、するりとドアから滑り出ていった後ろ姿に向かってアメリカは肩を竦め、勢いよく椅子に腰を下ろして足を投げ出した。自然とため息が出た。
「あたしになにが似合うのか、ね……」
 料理以外のことならば、イギリスは同じ間違いを繰り返したりしない。おみやげのドレスの丈があからさまに短かった一回を経て、学習した彼女はなんと、生地とデザイン画とお針子を揃えてはるばる海の向こうから連れてくるようになった。曰く、「せっかくの高い生地なんだもの、きちんとした相手に預けないと」。一度などは、フランス人でめっぽうプライドの高いのに白羽の矢を立てたものだから、アメリカを含めた屋敷の全員が扱いに苦労した。無論、その間違いも二度とは繰り返されなかった。
 イギリスのもたらすものがアメリカにぴったりくる――少なくともぴったりくるような結果をもたらしているということは、つまりアメリカがイギリスの思い通りに育てられているということでもある。船旅には幾月もかかる場所にいて、だから最近は一年に一度くらいしか会えない相手にすべてを左右されるのは単純に不快だったし、すこしこわいことでもあった。
足をぶらぶらさせながら考える。
 それでもひとつだけ、イギリスには絶対に気付かれていない場所があった。
「いいかしら、アメリカ」
「ああ、うん、大丈夫」
 開いていたドアを律義に叩いて見せながらイギリスが顔をのぞかせる。慌てて立ち上がったアメリカに、満足げにひとつ頷いた。
「あとは髪ね。さ、座りなさい」
「え、イギリスがするの?」
「不満なの、」
「え?」
「ならいいわ。自分でするか、それともメイドにでも頼んで」
「なんですぐそうなるかなあ、もう!」
 部屋に入ってきたときとは裏腹に目を伏せたイギリスが部屋を滑り出ようとする前にアメリカは慌てて彼女の肩に手をかけた。小さくため息を吐いてとりなしの言葉をしばらく考えていた間にイギリスが小さく身をよじらせたので掴んだ手はあっさり離し、そういえばもう視線を合わせるのに屈んでもらう必要はないな、などと詮のないことにふと思い至る。
「あのね、私はただ、イギリスがもう……ばっちり出来てるから、私の世話にかまけてていいのかって思って」
「かまける?」
「うん」
「今かまけるって言ったの?」
 今度はイギリスがため息を吐く番だった。
「ほら、座って」
 ため息の意味をすぐには釈明せずに鏡の前の椅子を指されたのでアメリカはおとなしく腰かけたが、勿論納得はしていない。そんなわけで鏡の中の白い顔をじっと睨みつけていると再びため息が零れ、先ほどからアメリカから頑なに視線を逸らしたままのイギリスがブラシを手に取った。
 のんびりゆっくり。アメリカすら、このままパーティに間に合うのだろうかと心配になってしまうような丁寧さで髪が梳かれていく。さすがにもう固い表情を見るのにも飽きて服のほうに意識を映してみれば、これまた例のメイドなら卒倒しかねないほどの高価そうなドレス(残念ながらアメリカにはこれくらいの表現しか出来ない)だった。
 なめらかな生地の上から薄い紗が重ねられており、スカートには小花模様がちりばめられている。一見プリント地にも思えるが、よくよく見ればきらきら輝くそれらの花はどれも刺繍されたものだ。ふんわりとしたドレスのフォルムは何故かアメリカにその奥のものを想像させる。小さかったころのように思い切り抱きしめて、覆い隠された細い身体の線をなぞりたくなる。
 そして実際に想像してみる。
 今もアメリカの髪の上で、こわれものを扱うかのような仕草を繰り返している手は意外に骨ばっていてあまり少女らしくない。それから先、手首を辿って二の腕へ。肩はたぶん撫で肩。首筋をなぞりなめらかな頬から唇、そのまま下へ。アメリカはとっくに追い越してしまった薄い胸。コルセットで締められていないときも細すぎる印象をもたらす腰。ふとももと膝の裏、足首、足の指に出来た靴擦れに最後は辿り着く。
(……あれ?)
 身体の触れ合いをあまり好まないイギリスだが、妹であるところのアメリカとはむしろ積極的にスキンシップを取ってくる。ときどき、「こうしなければならないのだ」という悲壮感すらその表情から漂ってくる。だからただのハグなら何度もしてきたし、だからこそ想像の材料が生まれてくるのだ。
「アメリカ、あなた大丈夫?火は消してきましょうか」
「え、なんで」
「顔が赤いわよ」
 言って頬に触れた手から、冬の日に不用意に金属製のドアノブに触ってしまったときのぴりぴりとぞくぞくが流れ込んでくる。鏡に映るアメリカはすぐに首まで赤くなったが、考え込んで首をかしげているイギリスはそれに気付かない。
「私は健康的で好きだけど、最近はすこし血色が悪いほうが流行……でも、あなたの年からパウダーを塗りたくるのも悪趣味よね」
「なら適当でいいってば」
「なによ、それ」
「なにって、だから時間とか」
「『私の世話にかまけ』るのは止めろって?」
 沈黙。
「まだ考えてたんだ、それ……」
「考えもするわよ。妹にそんなことを言われたら」
 頬から外された手はどうしてかアメリカの瞼へと移動し、冷たくほの昏い帳が下ろされた。
「いい、アメリカ。あなたに関わることで、わたしが、このわたしが『かまけている』、『時間を無駄に使っている』なんて、そんなことは一インチたりとも思わないし、誰にだって言わせたりしない。妹といっしょにいる時間を無駄、だなんて、あなたにも言わせるつもりはないわ」
「あの、イギリス?」
「あなたもよく覚えておいて。わたしはね、あなたの姉なのよ。だからこんなのは当然。むしろ、少ないくらいだわ」
 震える声と、押しつけられる指先と、自分が喉を鳴らす音と、首筋に触る髪の感触と彼女の吐くなまあたたかい息。