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【寒い朝】

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かじかんだ手を擦り合わせ、オルフは ホゥッと息を吹きかけた


どうしたんだろう? もう真夏だというのに この寒さは・・

噂によると、北方の地で 大きな火山の噴火があったらしい
そこから噴き上げられた噴煙のせいだろうか
ここ数ヶ月の間 まともにヘリオンが 顔を見せた事が無い

ただでさえ不作続きの農地は 荒れ果て
生活に窮した多くの農民達が 故郷を捨て 流浪人となっていた

だというのに 王族や施政者達は・・



野営地から 程近いなだらかな丘陵の上、 手持ち無沙汰気な顔でシリウスは待っていた。

「遅いぞ オルフ・・ 閣下に気どられる前に 始めようか」



シリウスは 手にした剣を ブンッとひと振りすると
まるで散策するような足どりで オルフに近づいて来る。

オルフもまた 腰に下げた細身の剣を抜くと 静かに身構えた。


「どうも 気が乗らんな…」

その口調に多少の苛立ちの色を伺わせていたが、そう言いながらも
シリウスの黒い瞳は 真っすぐに オルフの碧い瞳を見据えている。


成る程、獅子は兎を狩るにも 全力を尽くすという訳だ…
そんな事は 百も承知の上での事だ。今更、 おくする必要は無い。

しかし、握り絞めた細身の剣を あらためて握り直すと、
自分の意志とは裏腹に じっとりと汗をかいているのを 思い知らされた。


「何が不服なんだ? 貴様は」

シリウスは 更に苛立ちを滲ませた声で 問う…

「何も 剣の腕だけが 閣下に仕える術ではあるまい、
 貴様には 私に無い軍略の才がある。
 人には ヒト相応の役割があると思うのだがな」


たしかに… シリウスの言う事は正論だ、
私とて、判ってはいるつもりだ。

だが…、

「閣下の傍に…、誰よりも傍に居たいという気持ち、 それの何処が悪い!?」


ピクリと シリウスの眉間に深い皺が刻まれた。


「…気に喰わん …なっ!」

その言葉と同時に シリウスの鋭い打ち込みが放たれた。

充分に、気構え紙一重で避け切ったと思ったオルフだったが、その一撃が
奴隷軍の標ともいえる薄紫の木綿のチュニックとオルフの胸の皮膚を薄く切り裂き
滲みだした鮮血が チュニックを赤黒く染め上げた。

だが、痛みは感じない 感じている暇などないのだ。
 

「止めておけ、貴様には無理だ」

シリウスは そう言いながらも 油断なく
手にした剣を中段に構えたままオルフの眼を見つめている。

数多の戦場で 閣下とともに死地を駆け抜け 数知れぬ兵士の命を屠ってきた
天浪星と字なす男の瞳が、今 自分を射抜くように 見つめているのだ。

オルフは この冷え切った空気が また一段と冷え
キンキンと凍りつく音が聞こえるような気がした。

シリウスの氷のような闘気に打たれたオルフの膝は 己の意志に関わらず震えだし、
握力が失われ 剣を取り落としそうになったが
オルフは ギュッと唇を噛締め シリウスの瞳を真直ぐ見つめ 叫んだ。   
  
「…まだ、…まだだっ!」

その言葉と同時にオルフは、日夜 鍛えぬいた技を、渾身の力を込め繰り出した。


己に剣の才覚が無い事など 百も承知の上だった
まともに挑んで 百戦錬磨のシリウスに 一太刀たりとも浴びせる事など 叶う筈も無い

ならば、己に出来る限りの 最上の事をしようとオルフは考え
たったひとつの利点を活かした技を ここ数カ月の間 繰り返し鍛錬し続けた。

それは、自身の細身で敏捷な体と
長年 竪琴を演奏してきた柔軟な手首から繰り出される 神速の突きだ。

ヒョゥッ! と鞭を振るうような鋭い音が空気を切り裂き
オルフの乾坤一擲の剣戟が シリウスの胸元を襲った!

思わぬ反撃に 一瞬 たじろぎ掛けたシリウスだったが
オルフの剣先を その身に似合わぬ素早さでかわし
それと同時に 目にも止まらぬ速さで剣を一閃した。   


次の瞬間 ギンッ!という金属音と共に へし折られた刀身が
ようやく遠くの山々の峰から顔を出した薄い銀色に輝く朝日を反射させて 空高く弾き飛ばされ
長く続く旱魃に乾ききった大地に 刀身が突き立った。


「言わんこっちゃない… 正に付け焼刃ってやつだ」

シリウスは 剣を鞘に収め 顎に手を当て腕を組むと
刃を交えた事など無かった事のように いつもと変わらぬ飄々とした物言いに戻って言った。

「敢えて言わせてもらうが 貴様に剣は無理だ。 いや、命のやり取りなど 向いておらんのだ
 悪い事は言わん 部隊の後方で支援に回るか、この戦いから身を引け… オルフ」


その言葉を投げかけられても シリウスの剣戟の衝撃に オルフは膝を突いたまま
顔を上げる事も出来ずに ただ肩を震わせているだけだった。


「きついようだが、 私には そう言うしかできぬ
 戦場は…、 止めておこう、こんな事は 貴様も充分知っている事だったな」



「どうやら 済んだようだな… ふたりとも」

凜と響く聞きなれた声に、シリウスは振り向く事も出来ずに 急に背筋を伸ばし
眼を白黒させて 林檎のかけらが喉に詰まったように素っ頓狂な声を出した。

「か・閣下ァ!!?」

チャリチャリと小石を踏みしめ ゆっくりと二人に近づいて来た彼の人は にこやかに微笑んでいた。

だが、こんな時の紫眼の狼アメティストスが 何を言いたいのか
知り過ぎるほど 知っているシリウスだった。

アメティストスより ひと回り近くも年上のシリウスだったが
閣下の前では まるで悪戯を見つかった子供のようなものだ。


「まぁ たまには 男同士、こんな事も必要だろうが、
 少しばかり遣り過ぎてしまったようだな シリウス」

アメティストスは 未だに動けずにいるオルフに近づき
自分のチュニックの裾を引き裂くと 急場しのぎの三角布を作り オルフの肩に手を掛けた。

「少し 痛むぞ…」

そう言って ぐいっとオルフの腕を曲げ三角布で釣って固定した。 

「くっ…」

オルフは 閣下の不器用な応急処置に 小さく呻いたが それ以上は何も言わず
顔を伏せたまま、ただ微かに嗚咽を洩らすのみだった。


「折れているな、 これは…」

どうやら シリウスの重く鋭い剣戟を受けた為に 
オルフの効き腕が あっさりと折れてしまったようだった。


「閣下、私は こんな心算では…!」

「判っている、気にするな。 オルフとて、この程度の事は覚悟の上だろう…
 だが、これでは もう二度とオルフの見事な竪琴は 聴けないかもしれないな」

「そ・それは… 」

その言葉を聞き シリウスは文字通り狼狽して 今にも泣きそうな顔をした。

「まぁ 野営地に戻って よく診てみよう
 私より傷の手当てに 詳しい者も居るからな…」


アメティストスが 泣きじゃくるオルフを抱きかかえ 助け起こすと 
シリウスも 慌てて反対側から支え、三人で ゆっくりと丘陵地を降りて行った。



それから、数か月後…

徐々に 人員を増やし 名実ともに 軍としての体裁を整えつつあった奴隷軍は進軍を続け
海辺の野営地で 一時の休息を取っていた。
作品名:【寒い朝】 作家名:時帰呼