存在の耐えられない重さ
ねぇシズちゃんはさぁ
と
微笑む顔で毒を吐く
小首を傾げて笑顔のままで
ポケットに両手を突っ込んで
歩道の上のブロックに
ひらりと飛び乗り振り返り
殺したいなら殺してご覧と
余裕の笑みでそそのかす
逃げてかわしてまた逃げて
掴まえそうになる度に
するりと逃げてまた立ち止まり
まるで掴まえられる距離
手を伸ばす度に触れそうで
それでも寸前くるりとかわす
「・・・止めた。」
「ん?何、どうしたのシズちゃん?」
「止めた。つか、暑ぃしたりィしもう止めた。」
「ちょっと。ねぇ何言ってるの。ヘンだよシズちゃん?」
「大体アレだ。何でもかんでもブチ壊すなんざエコじゃねぇし。」
「エコ・・・ねぇシズちゃん今、エコって言った?」
「アレだろ。この暑さも地球の温暖化っつうヤツだろ?」
「そりゃあまぁ・・・そうかもしれないけれどもさ、」
「だったらそりゃあ、エコしなきゃな。」
「・・・なんか微妙に言葉使い的なものがヘンだけど。」
「あぁ?!」
「あぁいいよ、面白いから続けてみてよ?」
「はァ?!まぁいい。だから手前追っかけんのは止めだ。」
「ねぇ訊いていいかな。どうしてエコと繋がるのその話。」
「ハァ?決まってんだろが。手前は究極の無駄使いだからだ。」
「・・・面白い発想だね。」
「何だ、自分じゃ解らねぇのかノミ蟲君よぉ?」
「うんそうだね。悪いけど説明してくれるかなぁ。日本語で。」
「あ?馬鹿か手前?俺は英語喋れねぇぞ?」
「・・・うん・・・それはよく知ってるよ。」
「じゃあ日本語に決まってんだろが、馬鹿か?」
「いや俺が悪かったよ、うん・・・。」
「とにかく手前は無駄なんだよ色々ゴチャゴチャと。」
「へぇ?どういう所がかなぁ?」
「全部だ全部!!」
「だから全部って何処か言わなきゃ伝わらないよ?」
「よォし、言ってやっからよく聞けノミ蟲。」
静雄が何やら満足そうに
咥え煙草の煙をふかし
折れた標識をぽきりと曲げて
椅子の代わりに座るのを
折原臨也は面白そうに
眺めて笑って肩を竦める
ここは屋上他には誰も
見る者の無い閉ざされた
荒れた雑居ビルの13階
考えてみればいつだって
蕩々と理論を述べるのは
折原臨也の専売特許
静雄はいつもいい様に
勝手に臨也に喋られて
怒ってそれを聞くばかり
だからこうしてたまには逆に
自分が臨也に語るのが
何やら気分いいと見え
「で?俺の何処が無駄なのかな?」
「まずは手前のその口だ。べらべらべらべら。口が無駄だ。」
「へぇえ?それから?」
「そんでからその顔もだ、顔全部。見てるとムカつく。」
「何それ。無駄とムカつくって意味違うんだよ?」
「ハッ、言ってろ。俺にはとにかく手前の顔が無駄なんだよ。」
「ふぅん?女には好かれたりすんだけどねこれでも?」
「男にもだろうが。」
「まぁそうとも言えるけどね?」
「ケッ!!」
静雄が心底嫌そうに
咥え煙草をかみ締めて
「・・・手前まだ続いてんのかあのオヤジと。」
「フフ。オヤジって誰のこと?」
「決まってんだろ。粟楠のだ。売ってんだろが。」
「あぁ四木さんのこと?だったら」
「言うな。ソレ見りゃ解る。」
と
苛立たしげに指先が
煙草を挟んだ指先が
ついと指さすその先は
「手首。縛られた痕だろそりゃ。」
「あれぇ?残ってたんだこんなの。気付かなかったなぁ?」
「ケッ!よく言うぜ。ワザと見せてんだろ俺に。」
「フフフ・・・。まさか。」
「あと、その声だ。」
「え?何?」
「手前のその声が無駄だ。アァ煩ぇ、ムカつく。マジで。」
「声が無駄って言われてもねぇ?俺困っちゃうんだけど?」
「手前の声は耳障りなんだよ!」
「へぇ?そうなんだ?」
「ったく自覚しろこのクソが。」
「俺はシズちゃんの声好きだけどね?」
「ハァ?!」
「言われ無い?いい声だと思うよ普通に。」
「そりゃ・・・まぁ・・・ありがとよ。」
「フフ。どう致しまして?」
「だからその顔止めろつってんだろ。あとその声!」
「仕方ないよね。どうしようもないって思わない?」
「だから手前はその存在そのものが無駄だっつうんだ。」
「あぁ、そっかぁ・・・。」
だったら
俺
消えちゃえばいいって事だよね?
と
微笑む声の
その軽さ
ぴょいと鉄柵飛び越えて
軽く外へと
飛び越えて
「・・・何してんのさシズちゃん?」
「てっ、めぇ!・・・手ぇ放しやがったら殺すぞ!!」
「ねぇ意味不明だよねそれ?」
「煩ぇ!!」
フフフと微笑むその黒髪を
下からびゅうと吹き上げる
都会のビル風
強い風
ここは屋上13階
ぶらりと下に垂れ下がる
臨也の身体は腕一本
静雄が繋ぐその手だけ
繋いでぶらりと
垂れ下がる
咄嗟の事で静雄さえ
うっかりすれば落ちそうな
足場の悪い13階
錆びた鉄柵ギシギシと
今にも折れそな軋む音
「ねぇ?その柵ギシギシ言ってるよ?危ないから離れなよ?」
「馬鹿か手前!コレでやっと引っ掛かってんだろが!」
「ねぇホントに意味が解らないと思わない?俺の存在が無駄なんだろ?」
「アァ!その通りだこのノミ蟲野郎が!!」
「だったらこの手を放せば済む事だろ?」
「畜生!手前に勝手に死なれてたまるかよ!殺すからな死にやがったら!」
「アハハ。益々イミ不明。日本語の意味成立してないよ?」
「ちょっ、手前、何を」
「シズちゃんの望みを叶えてあげるんじゃない。」
きらりと風に光るのは
臨也が片手にかざしたナイフ
繋いだその手に狙いを定め
止めろと叫んだ静雄の声は
瞬時に消えて息を飲み
瞠目するその口元からは
ぽろりと煙草が転がり落ちて
遙か下界へ消えてゆく
「手前・・・何、・・・お前、自分の、」
「アハハ。だってシズちゃん刺しても平気に決まってるしね?」
「だらかって手前!!ナンで自分の手、」
ぬるりと滑る血の匂い
「畜生!臨也貴様ぁ!」
「フフフ。今頃解った?」
これで
放しやすくなっただろ?
と
微笑む顔が心底憎い
殺してやりたい今すぐに
「・・・なぁ臨也。」
「何、シズちゃん?」
「手、放して欲しいかよ?」
「最初からそう言ってるはずだけど?」
「そんなに死にてぇのか手前。」
「シズちゃんがそう望んだんじゃなかった?」
「あぁ。今すぐブッ殺してやりてぇ。」
「フフフ。だったら手を放しなよ?簡単だろ?」
「あぁ。簡単なこった。」
「じゃあそうしたら?」
「出来ねぇ。」
「何故?」
手前が
イチイチ軽過ぎるせいだこの馬鹿がァア!!
と
怒号と共にグシャ、ガシャン!と
鉄柵の崩れる音がして
「・・・何してやがんだ、ノミ蟲が?」
「ちょっ・・と死ぬ気?!何考えてんのさシズちゃん!!」
「ハハ。手前俺を殺したかったんだろうがよ?」
「そうだけど!俺が機転利かさなかったら死んでたよ?!」
「いいじゃねぇか。心中だ。」
「本気なの?!あぁもう信じられない!!」
雑居ビルの空き部屋に
窓を蹴破り飛び込んで
二人揃って床の上
崩れた鉄柵もろともに
落ちてきたのは静雄の方で
慌てた臨也が鉄柵を
空中で掴んで蹴って弾みをつけて
二人で窓に体当たり
飛び散るガラスと転がり込んで
二人揃って床の上
作品名:存在の耐えられない重さ 作家名:cotton