Butterfly
送信ボタンを押して携帯端末を草の上に投げ出したニールは、眼前に広がる澄み渡った青空に目を向けた。
慌しかった昨日とは、まるで別世界のようだ。
のんびりと経過する時間が、青空を横切る白い雲と同じように長閑に流れてゆく。
そんな様子を所在無げに眺めていると、ふと横から甘い香りがする果実が差し出された。
「食べます?ロックオン・・・」
桃を手にした男、アレルヤが、にこやかな笑みを浮かべて問いかけてきた。
「・・・あ~っ、今はいいわ。ありがとな」
記憶に間違いがなければ、その桃は昨日のミッションで、ハレルヤがターゲットを攻撃した時に掻っ攫った物だ。
けれど、今その桃を手にしているアレルヤは、それを知らない。
昨日のミッションをサポートしたのは、ハレルヤだったからだ。
激戦の最中、ニールは利き目を負傷した。
失明は免れたものの、MSに搭乗しての狙撃戦はまず無理だろう。
そう悟ってはみても、やすやすと戦線を離れるわけにはいかなかった。
裡に秘めた“家族の敵を討つ”という決意は、簡単には崩れないのだから。
そんなある日、視力の回復以上の効果が見込めるナノマシンを活かした治療の話が持ち上がった。
直接眼球に高倍率のスコープが装備されるも同然というのだから、狙撃手としては願ったり叶ったりの話だ。
意識を右目に集中させない限り発動しないと聞けば、日常生活にも差し当たり支障はないだろう。
それでも念のため、普段は眼帯を着用することになった。
治療を施したものの、まだ不慣れな新しい右目ですぐに戦線に復帰することは出来ない。
まずはリハビリを兼ねての地上でのエージェント活動を推奨したのは、戦術予報士のスメラギだった。
ツーマンセルでのミッションを考案しているスメラギの言葉に対し、すぐさまアレルヤがその相方にと名乗りを上げた。
MS戦でのミッションも、この二人の組み合わせは数多い。
スメラギはそれを考慮して了承した。