Butterfly
地上でのエージェント活動も、昨日で3回目。
徐々に難易度が上がっているのは、スメラギの采配によるものだろうとニールは推測した。
今までは阿吽の呼吸でアレルヤがサポートを担っていたが、火急の事態が発生した昨日は突如ハレルヤが現れた。
ミッションは早々に完遂したものの、ターゲットを重症にまで追い込んでしまったのは予定外だった。
「・・・やり過ぎだ、ハレルヤ・・・」
ニールにそう非難されたのが癪に障ったのか、暴れすぎて疲れて眠っているのか、休暇である今日はハレルヤは姿を現してはいない。
(・・・ま、こんな所でピクニックなんてガラじゃねぇーしな、アイツは・・・)
田園風景を眺める丘陵で、男二人がレジャーシートを広げて寛ぐ姿が、他人の目からはどう見えるのか気になるものの、たまには自然の中でのんびりするのもいいと提案したアレルヤの、相手を気遣う言動を無下にするほど無粋ではない。
(お言葉に甘えて、今日はのんびりさせてもらうさ・・・)
うん、と伸びをしながらふとアレルヤに視線を向けた途端、ニールは思わず叫び声を上げた。
「・・・あっ!それ・・・っ――」
「・・・なんです?」
小首を傾げるアレルヤの右手にはナイフが握られており、左手に持った桃の皮を、半分ほど剥き終わった状態になっていた。
「・・・あ、・・・いや・・・、なんでもない」
もう遅いし、とアレルヤには聞こえないほどの小さな声で呟くと、ニールは倒れるようにその身を草むらへと投げ出した。
またしても記憶に間違いがなければ、あのナイフは昨日のミッションで、ハレルヤがターゲットを攻撃した時に使った得物だ。
当然のことながら、今そのナイフを手にしているアレルヤは、それを知らない。
(手入れはキチンとしてるだろうし・・・多分・・・大丈・・夫、だよな)
そんなニールの心配も余所に、アレルヤは皮を剥き終わった桃の身にナイフを入れると、器用に一片切り分け、ナイフを手にしたままそれを口の中へと放り込んだ。
思いのほか甘かったのか、途端に破顔する。
「・・・あっぶねー食べ方するなぁ、アレルヤ・・・」
「大丈夫ですよ、これくらい・・・」
心配性ですね、と笑みを見せながらもう一片切ろうとして、果汁が腕に滴っているのに気付き、ふと手を止めた。
肘から手首に向かい、舌を這わせて甘い汁を舐め取る仕草が、ニールの視線を釘付けにした。
肌を這う紅い舌は、アレルヤのものであって、ハレルヤのものでもある。
ふと数日前の行為が頭を過ぎって、自ずと喉が鳴った。
「・・・欲しくなりました?」
うっすらと目を細めながら、アレルヤは意味深な言葉を吐く。
躊躇して二の句が継げないでいると、欲しいと勘違いしたのか、アレルヤはまたナイフで一片切り分けた。
ナイフごと桃を差し出されるのかと思いきや、またそれを自分の口の中に放り込むと、ニールの身体に覆い被さってきた。
間近で見る銀色の瞳が、いつもと違って冷たい。
「・・・お前、もしかし――」
言い終わらない内に口唇を塞がれ、不意を突いた瞬間、桃の実が捻じ込まれた。
慌てて一度それを咀嚼する。
甘い、と感じた時にはもう舌が挿し込まれ、砕けた果実を奪い合うように絡めあった。
果汁とも唾液とも分からないものが、ニールの頬を伝って流れてゆく。
いつからバトンタッチしたのか、それとも昨日からずっとそのままなのかは定かではない。
けれど、ここに居るのはハレルヤだ。
そう確信できたから、解放された口唇からは、隠す必要の無い欲望が突いて出た。
「――・・・したい。・・・ハレルヤ、していいか?」
名を呼ばれ、俯いた顔が前を向くと、前髪で隠れていた金色の瞳が姿を現した。
無感情なオッドアイの眼差しが、真偽を見極めるようにニールの瞳を覗き込む。
その暫く後、ハレルヤは身体を起すと、ナイフを持った右手を、ある方向へと指し示した。
ニールも身体を起こし、そちらを見る。
「子供二人を連れた家族・・・、それにボーダー・コリーが一匹。
・・・俺の言ってる意味、判るか?」
ニールは降参したかのように両手を挙げると、恨めしげに遠くに見えるピクニックを楽しむ一家を睨んだ。
要するに、フリスビーがこちらに飛んでくる恐れがある、と懸念しているのだ。
存外、ハレルヤという男は慎重だなという思いに至る。
「・・・お前、いつからアレルヤと交代した?」
その問いかけに振り返ったハレルヤは、もう銀色の瞳を長い前髪に隠していた。
ニヤリと意地の悪い笑みを見せると、内緒、とだけ呟いた。
アレルヤと思って優しく接していたらハレルヤだった、などという醜態はあまり見せたくない。
きっとハレルヤは、心の中でケタケタと腹を抱えて笑っているに違いないのだから。