Butterfly
「――・・・う・・っ、重・・・っ」
何か胸の辺りに圧迫感を感じて、ニールは目を覚ました。
小川に行ったまま帰ってこないハレルヤを待っている間に、どうやら居眠りをしてしまったようだ。
見上げた空の陽の傾きから察するに、二時間ほど眠っていた事になるだろうか。
「・・・重いと思ったら・・・」
ちらりと見遣ると、胸の圧迫の原因であるハレルヤの頭が見えた。
戻って来たら大の字になって眠っているニールを起すことなく、胸を枕代わりに一緒に昼寝を楽しむことにしたのだろう。
「おーい・・・、起きろハレルヤ・・・」
乱暴に髪を掻き回すと、煩わしげに寝返りをうった後、寝惚けたようなゆっくりとした動作で身体を起した。
「最高級枕の寝心地はどうだ?ハレルヤ・・・」
「――・・・サイテーだ、・・・首イテェ~」
俺は胸が痛いよ、と情けない表情を浮かべて胸を擦っていると、ハレルヤが屈みこむようにニールの顔を覗き込んできた。
「・・・どうした?」
そう問いかけるや否や、徐に眼帯を外されて、思わず閉じていた右眼の瞼を開いてしまった。
無意識にスコープが作動したものの、こんな近距離では意味などない筈だ。
目に見えるものには変わりがない。
けれど、心に伝わるものがそこには在った。
目を負傷した時に抱えた深憂。
治療を施し、再び共に時を過ごせることへの感謝と喜び。
ものを云わぬハレルヤの瞳から、そんな想いが伝わってきた。
「――・・・綺麗だ」
不意にハレルヤの口からそんな言葉が零れて、ニールは我に返った。
「・・・綺麗って?・・・なんのことだ?」
「・・・アンタの右目、・・・蝶みたいだから」
右目の虹彩が、どうやら蝶の羽根の鱗粉のように輝くように見えるらしい。
ナノマシン投与のせいだろう。
当の本人は見えないのだから、今日知った事実だった。
「・・・もしかしてコードネームの由来って・・・」
「・・・あぁ、そうだけど?」
肯定しておいて、ハレルヤは拗ねたようにそっぽを向いた。
どうやらハレルヤの考えを読み取って、アレルヤが先にニールに伝えてしまったのが気に入らないのだ。
可愛いな、と突いて出そうな言葉を、慌てて閉じ込めた。
言ってしまえば、益々拗ねてしまうのは目に見えているからだ。
「お互いのこと、蝶みたいだ、って思ってたのか・・・」
「・・・あ?何のことだ?」
「いや、なんでもない・・・」
それならば、自分にとっての蝶が逃げてしまわないように、とニールはそっと眼帯を元に戻した。
そろそろ宿に戻ろうかと身体を起しかけると、ハレルヤの手がそれを制した。
「・・・しねぇの?」
「・・・・・・?」
「・・・アンタ、自分で誘っといて呆けるのかよ」
耳元でそう囁かれて、やっと合点がいった。
「犬ならまだしも、子供まで寄ってきたら、情操教育上ヨロシクねぇーぞ」
あれだけ慎重だったのに何故今頃、と訝しんでいると、すっと金色の瞳を細めてハレルヤは笑んだ。
「――・・・もう、ここには俺達しかいねぇし・・・」
家族連れがここを離れるまで、ニールの昼寝にハレルヤは付き合っていたのだろうか。
そんな勝手な都合をつきながら、引き寄せるように細い身体に腕を回した。