Butterfly
「・・・これ、絶対上等モンだぜ?」
桃を平らげたハレルヤは、手に残った種を草むらの中に放り投げた。
ゴミを捨てるなと言いかけて、もしかしたら桃の木がなるかもしれない、というかなり無謀な夢に希望を託すことにして、ハレルヤの話題に乗る事にした。
「そりゃそーだ・・・。それ、ターゲットが見舞品で買ったモンだぞ?」
「・・・あぁ、入院してた女にか」
同じ病院に入院出来て良かったよな、とまで言うのだから、ニールはもう溜息を吐くしかない。
過ぎたことを兎や角言うのは趣味ではない、この話題はこれで終止符を打とうと決めた。
「ああ~っ、手がベトベトだ・・・」
舐める?と差し出されたハレルヤの両手は、芳しい桃の果汁で濡れていたけれど、お預けを食らっている身でその行為は毒でしかない。
「この先に小川があったぞ・・・。そこで洗ってこいよ」
わざと冷たく言い放つ。
するとそこに、一匹の蝶が風に乗るような軽やかさで、ふわりと舞い込んできた。
甘い香りに誘われたのだろうか、ハレルヤの指に舞い降りると、ゆっくりと羽根の動きを止めてその場に留まった。
「・・・花と間違えてんのか?コイツ・・・」
手を上空に差し出しても、蝶はハレルヤから飛び立たず、どうやら本当に果汁を蜜代わりに吸っているようだった。
「地面に手を置いたら、蟻が寄ってくんじゃねぇか?」
ニールが冗談めかして言うと、それは歓迎しないとばかりにハレルヤは肩を竦めた。
「コイツに全部任せてたら、日が暮れそうだ・・・」
そう言い残すと、小川に向かって歩き出した。
指に蝶を乗せて歩くハレルヤの背を見送りながら、ニールはふと昨日のミッションを思い出した。
(――・・・そういえば、羽根が生えてるみたいだったな・・・)
両手にナイフを携え、ターゲットにその刃を振るう動きは無駄が無く、重力がないのかと疑うほどの身のこなしは、背中から羽根が生えているように見えたからだ。
ひらり、ひらりと舞うように、楽しげに笑みを浮かべながら・・・。
人の命を奪う行為であることも忘れて、綺麗だ、と見惚れる自分が怖く感じるほどだった。
(・・・でも、これで納得した)
ミッション遂行のパートナーとしてアレルヤと初めて現地に赴いた時、彼の口から告げられたのだ。
『僕達のコードネーム、【Butterfly】にしていいですか?』
特に名前に拘るつもりはない。
寧ろコードネームすら必要ないだろうと思っていたのだけれど、ニールは二つ返事で了承した。
もしかするとこの名前は、ハレルヤを形容した意味合いが含まれているのかもしれない。
考えすぎだろうかとも思いつつ、蝶を眺めるハレルヤの姿を見ていると、案外そうでもないような気さえしてしまうのだ。