赤日星雲
こんなふうに一人で草の上、寝転がってみたところで。
高い宇宙からメッセージなど届きもせず。
まぶしい陽の暑さにため息をひとつ。
やがて風が強まり、大して雲もないのに、天気雨がぽつり。
世の中はどんどん居心地が悪くなっていく。
しかし、世界より脳内のほうがもっと悪い。
「よっ……と」
練習後の午後は、すぐに時間が流れてしまう。
意味のない昼寝も、もう終わりにしよう。
起き上がった俺は辺りを見渡して、大きく頷いた。
川沿いの広い土手。
友達の、思い出の場所。
天候がイマイチでも、気持ちのいい場所だとういうことには変わりない。
それでも、結局、ここに問題の打開策は見つからなかった。
俺は幸せな人生を過ごしてきたのだろう、と思う。
父さんや姉さんに大切にしてもらえて。
お日さま園にいたときも、エイリア学園にいたときも。
大好きなサッカーを思う存分やって。
そこには血の繋がりなんて関係ない家族の温もりがあったし。
仲間、と呼べる関係もあった。
それでも、決定的に足りなかったものがある。
「おーい、ヒロトー」
友達の呼ぶ声がする。
振り返れば、薄汚い少年が、満面の笑みで駆け寄ってきた。
泥だらけのジャージ。
それでも彼は光り輝いている。
きっとそれは、俺じゃなくても誰だって感じ取れる光だろう。
俺には持ち得ない光。
そう、俺に決定的に足りなかったものは、この輝きなのだろう。
まるで、稲光のような……。
「ん?どうしたんだヒロト、具合でも悪いのか?」
はっ、と我に返る。
「え……。ああ、円堂くん。別に俺は、いつもどおりだよ」
「そっか。ならよかった!なんかヒロト、元気なさそうに見えたからさ」
そう言って円堂くんはニカッと笑う。
つられて俺も微笑んでみる。
「ありがとう。心配してくれて」
「何か困ったことがあったら、いつでも相談してくれよな!俺たち、チームメイトなんだからさ」
「そうするよ」
そう言ってまた、二人になった帰り道を歩き出した。
川原からイナズマジャパンの合宿所までの道のりは、素朴な住宅街が続く。
辺りはだんだん紅い夕焼けに染まり、夕食の匂いがあちらこちらから漂う。
ここが、円堂くんたち雷門中学校の生徒が育った、稲妻町。
日本中、どこにでも同じような町はあるだろう。
それならば、一体何が、この人たちをこれほど強くしたのだろうか……。
「円堂くん、一人で練習していたのかい?」
「ああ。いつもどおり古タイヤと特訓。ヒロトは散歩か?」
「いや、ちょっと考え事」
「そっか」
考え事、と言った瞬間、彼の苦悶の表情が再び脳裏によぎる。
当時の仲間であり、今は日本代表のチームメイトでもある、彼の顔が。
「……円堂くん。さっそくで悪いけど、少し相談に乗ってもらえないかな?」
「何かあったのか?」
すぐに円堂くんは真剣な顔になった。
何かあったことは、薄々感づいてくれていたらしい。
「緑川のことなんだけど」
「緑川?」
「うん。あと、俺自身のこと」
「そっか……」
急に円堂くんは立ち止まった。
振り返ると、彼は道路の向こうにあるコンビニエンスストアを見ていた。
「ヒロト、ちょっとだけ買い食いしてかないか」
「え!でも、これから晩御飯だよ」
「ハンペンだけだからさ。おごってやるよ!」
「ハンペン?あ、円堂くん……」
円堂くんは、走ってコンビニに向かってしまった。
特訓の後で疲れているだろうに、どこにそんな元気があるのか
そんな彼をみて、俺は少し苦笑する。
普通の町で育った円堂くんは、やっぱり普通の中学生のようだった。
近くにあった小さな公園のブランコに座って、俺たちはハンペンを食べた。
「好きなの?おでん」
「ああ。たまに部活のあと半田たちと食べたりしたぜ」
「そっか」
実のところ、真夏に屋外でおでんを食べるのは初めてだったけれど。
意外と美味しかったので、驚いた。
お日さま園でお鍋をつついて食べるおでんも、もちろん美味しかったけれど。
食べ終わり満ち足りた気分で辺りを見渡して、俺は急に思い出した。
「……この公園、そういえば前に一度来たな。風丸くん吹雪くんと、三人で」
ブランコとベンチ以外何の遊具もない、寂しい公園。
思い出すのが少し遅れたが、確かにここには以前来たことがあった
「へえ、三人で遊んだのか?」
「いや、ちょっと話してすぐ帰ったんだけどね。三人で買いだしに行った帰りに」
合宿所での生活は何の不自由もないけれど、もちろん自分たちで用意するものもあった。
そういう細々とした買い物をしながら、あれこれ色んな話をした。
それぐらい、俺はみんなと仲良くなっていた。
「どんな話したんだ?」
「うん。今、すごく楽しいって」
「楽しい?」
俺は、そのときの風丸くんや吹雪くんの顔を思い出しながら、話した。
同時に、つらそうな緑川の背中も、思い出していた。
「俺、本当に今が一番楽しい。そりゃ、練習は大変だけど、毎日少しずつ強くなっていけているのがわかって、楽しい。それに、みんなと普通に食事したり遊んだり笑ったりする、なんでもない日常も楽しい。色んなことが新鮮で、すごく、楽しいんだ」
「今が一番楽しい、か……」
「そう言ったら二人とも、俺と全く同じ気持ちだって言ってくれた。少し驚いたけど、なんだか嬉しかったなぁ」
彼らの温度を思い出す。
ただ会話しているだけでも伝わってくる、幸せの温度を。
「……そっか」
円堂くんは、横に置いた鞄からサッカーボールを取り出した。
そして大事に両手で持ち、少し懐かしむような顔で、ボールを見つめていた。
よりいっそう、その輝きを増しながら。
「ヒロトはもちろんだけど、風丸も吹雪も、エイリア学園と戦っていたころは大変だったからなぁ」
「うん」
そのエイリア学園のトップクラスチーム、ジェネシスのキャプテン・グランだった自分には、少し耳の痛い話だったけれど。
当時の雷門がどんな状態だったのかは、冗談交じりの昔話として、みんなから聞いていた。
それはもちろん緑川も一緒で。
みんなと一緒になって、笑っていた。
「ヒロト、初めて俺たちがサッカーしたときのこと、覚えてるか?」
「ああ、ジェネシスと雷門が福岡で試合したときだね。あの頃はまだ、敵同士だったけど」
「そう、敵同士だった。俺、すっげーびっくりしたんだぜ?友達だと思ってたヒロトが、『宇宙人』だったなんてさ」
宇宙人、という言葉が可笑しかったのか、円堂くんはカラカラ笑った。
でも、俺は笑えなかった。
天を見上げる。
星が見え始めていた。
その宇宙に、俺の故郷は見出せなかった。
俺の家族の居場所も。
「やっぱり、驚かせちゃったよね」
「ん?」
「あの頃俺は、父さんの理想を叶えたいのと、円堂くんみたいなサッカーに憧れていたのとで、すごく中途半端な状態だったから」
父さん、と言って、少し胸が痛んだ。
今、元気にしているだろうか。
「いや、いいんだよ。ヒロトたちにも色々あったことは、俺もわかってるしさ」
「うん……」
「でも、風丸はジェネシスに負けたことで、完全に打ちのめされた」
ふと、円堂くんを見る。
なんとなく、彼の輝きが少しだけ、かげったように見えた。
「吹雪は、ずっとふたつの人格に悩まされていた。俺はそれに、気付いてやれなかった」
高い宇宙からメッセージなど届きもせず。
まぶしい陽の暑さにため息をひとつ。
やがて風が強まり、大して雲もないのに、天気雨がぽつり。
世の中はどんどん居心地が悪くなっていく。
しかし、世界より脳内のほうがもっと悪い。
「よっ……と」
練習後の午後は、すぐに時間が流れてしまう。
意味のない昼寝も、もう終わりにしよう。
起き上がった俺は辺りを見渡して、大きく頷いた。
川沿いの広い土手。
友達の、思い出の場所。
天候がイマイチでも、気持ちのいい場所だとういうことには変わりない。
それでも、結局、ここに問題の打開策は見つからなかった。
俺は幸せな人生を過ごしてきたのだろう、と思う。
父さんや姉さんに大切にしてもらえて。
お日さま園にいたときも、エイリア学園にいたときも。
大好きなサッカーを思う存分やって。
そこには血の繋がりなんて関係ない家族の温もりがあったし。
仲間、と呼べる関係もあった。
それでも、決定的に足りなかったものがある。
「おーい、ヒロトー」
友達の呼ぶ声がする。
振り返れば、薄汚い少年が、満面の笑みで駆け寄ってきた。
泥だらけのジャージ。
それでも彼は光り輝いている。
きっとそれは、俺じゃなくても誰だって感じ取れる光だろう。
俺には持ち得ない光。
そう、俺に決定的に足りなかったものは、この輝きなのだろう。
まるで、稲光のような……。
「ん?どうしたんだヒロト、具合でも悪いのか?」
はっ、と我に返る。
「え……。ああ、円堂くん。別に俺は、いつもどおりだよ」
「そっか。ならよかった!なんかヒロト、元気なさそうに見えたからさ」
そう言って円堂くんはニカッと笑う。
つられて俺も微笑んでみる。
「ありがとう。心配してくれて」
「何か困ったことがあったら、いつでも相談してくれよな!俺たち、チームメイトなんだからさ」
「そうするよ」
そう言ってまた、二人になった帰り道を歩き出した。
川原からイナズマジャパンの合宿所までの道のりは、素朴な住宅街が続く。
辺りはだんだん紅い夕焼けに染まり、夕食の匂いがあちらこちらから漂う。
ここが、円堂くんたち雷門中学校の生徒が育った、稲妻町。
日本中、どこにでも同じような町はあるだろう。
それならば、一体何が、この人たちをこれほど強くしたのだろうか……。
「円堂くん、一人で練習していたのかい?」
「ああ。いつもどおり古タイヤと特訓。ヒロトは散歩か?」
「いや、ちょっと考え事」
「そっか」
考え事、と言った瞬間、彼の苦悶の表情が再び脳裏によぎる。
当時の仲間であり、今は日本代表のチームメイトでもある、彼の顔が。
「……円堂くん。さっそくで悪いけど、少し相談に乗ってもらえないかな?」
「何かあったのか?」
すぐに円堂くんは真剣な顔になった。
何かあったことは、薄々感づいてくれていたらしい。
「緑川のことなんだけど」
「緑川?」
「うん。あと、俺自身のこと」
「そっか……」
急に円堂くんは立ち止まった。
振り返ると、彼は道路の向こうにあるコンビニエンスストアを見ていた。
「ヒロト、ちょっとだけ買い食いしてかないか」
「え!でも、これから晩御飯だよ」
「ハンペンだけだからさ。おごってやるよ!」
「ハンペン?あ、円堂くん……」
円堂くんは、走ってコンビニに向かってしまった。
特訓の後で疲れているだろうに、どこにそんな元気があるのか
そんな彼をみて、俺は少し苦笑する。
普通の町で育った円堂くんは、やっぱり普通の中学生のようだった。
近くにあった小さな公園のブランコに座って、俺たちはハンペンを食べた。
「好きなの?おでん」
「ああ。たまに部活のあと半田たちと食べたりしたぜ」
「そっか」
実のところ、真夏に屋外でおでんを食べるのは初めてだったけれど。
意外と美味しかったので、驚いた。
お日さま園でお鍋をつついて食べるおでんも、もちろん美味しかったけれど。
食べ終わり満ち足りた気分で辺りを見渡して、俺は急に思い出した。
「……この公園、そういえば前に一度来たな。風丸くん吹雪くんと、三人で」
ブランコとベンチ以外何の遊具もない、寂しい公園。
思い出すのが少し遅れたが、確かにここには以前来たことがあった
「へえ、三人で遊んだのか?」
「いや、ちょっと話してすぐ帰ったんだけどね。三人で買いだしに行った帰りに」
合宿所での生活は何の不自由もないけれど、もちろん自分たちで用意するものもあった。
そういう細々とした買い物をしながら、あれこれ色んな話をした。
それぐらい、俺はみんなと仲良くなっていた。
「どんな話したんだ?」
「うん。今、すごく楽しいって」
「楽しい?」
俺は、そのときの風丸くんや吹雪くんの顔を思い出しながら、話した。
同時に、つらそうな緑川の背中も、思い出していた。
「俺、本当に今が一番楽しい。そりゃ、練習は大変だけど、毎日少しずつ強くなっていけているのがわかって、楽しい。それに、みんなと普通に食事したり遊んだり笑ったりする、なんでもない日常も楽しい。色んなことが新鮮で、すごく、楽しいんだ」
「今が一番楽しい、か……」
「そう言ったら二人とも、俺と全く同じ気持ちだって言ってくれた。少し驚いたけど、なんだか嬉しかったなぁ」
彼らの温度を思い出す。
ただ会話しているだけでも伝わってくる、幸せの温度を。
「……そっか」
円堂くんは、横に置いた鞄からサッカーボールを取り出した。
そして大事に両手で持ち、少し懐かしむような顔で、ボールを見つめていた。
よりいっそう、その輝きを増しながら。
「ヒロトはもちろんだけど、風丸も吹雪も、エイリア学園と戦っていたころは大変だったからなぁ」
「うん」
そのエイリア学園のトップクラスチーム、ジェネシスのキャプテン・グランだった自分には、少し耳の痛い話だったけれど。
当時の雷門がどんな状態だったのかは、冗談交じりの昔話として、みんなから聞いていた。
それはもちろん緑川も一緒で。
みんなと一緒になって、笑っていた。
「ヒロト、初めて俺たちがサッカーしたときのこと、覚えてるか?」
「ああ、ジェネシスと雷門が福岡で試合したときだね。あの頃はまだ、敵同士だったけど」
「そう、敵同士だった。俺、すっげーびっくりしたんだぜ?友達だと思ってたヒロトが、『宇宙人』だったなんてさ」
宇宙人、という言葉が可笑しかったのか、円堂くんはカラカラ笑った。
でも、俺は笑えなかった。
天を見上げる。
星が見え始めていた。
その宇宙に、俺の故郷は見出せなかった。
俺の家族の居場所も。
「やっぱり、驚かせちゃったよね」
「ん?」
「あの頃俺は、父さんの理想を叶えたいのと、円堂くんみたいなサッカーに憧れていたのとで、すごく中途半端な状態だったから」
父さん、と言って、少し胸が痛んだ。
今、元気にしているだろうか。
「いや、いいんだよ。ヒロトたちにも色々あったことは、俺もわかってるしさ」
「うん……」
「でも、風丸はジェネシスに負けたことで、完全に打ちのめされた」
ふと、円堂くんを見る。
なんとなく、彼の輝きが少しだけ、かげったように見えた。
「吹雪は、ずっとふたつの人格に悩まされていた。俺はそれに、気付いてやれなかった」