赤日星雲
不安が渦を巻いた雲のように、俺の胸に迫り来る。
流星ブレードを、吹雪くんの頭に当ててしまったあのとき。
倒れた彼を見ていたあのときと、同じような、不安。
「それで俺は、キャプテンとしての自信をなくして……ボールを、蹴れなくなった」
「えっ」
かららん、という音。
空になったおでんの入れ物と割り箸を、落としてしまった。
でも、それに気付けないほど俺は。
頭の中が、真っ白になっていた。
「……円堂くんが、ボールを……?」
ニカッと笑う円堂くん。
「わりぃわりぃ。ヒロトの相談に乗るはずが、俺ばっか暗い話しちゃったな!」
俺は、何度かまばたきをした。
円堂くんは相変わらず、輝いていた。
「でも、円堂くんがそんな……」
「いいんだよ。もうクリアした話なんだからさ!」
もうクリアした話、か……。
円堂くんらしいな、と思って、俺は微笑んだ。
そして、自分の足元を見下ろした。
ずっとボールを蹴ってきた脚。
最近になってようやく、本当のサッカーができるようになった脚。
「……緑川も、今抱えている問題を、いつかクリアできるのかな」
「ヒロト、何か緑川から話聞いたのか?」
「いいや。ただ……」
イナズマジャパンの中では、一番古い仲の緑川。
緑川が変化していくのを、ずっと前から見ていた。
エイリア学園では、どこか無理をしているように見えた緑川。
エイリア学園がなくなり、やっと楽しそうにボールを蹴り始めた緑川。
そして、今の緑川は……
「あせっている、ように見えて……」
冷たい風が通り過ぎる。
気付けば、あたりはすっかり暗くなっていた。
稲妻町の夜空に、ぽつぽつ星が浮かび始める。
「ヒロトはさ、キャプテンじゃないか」
「え?」
急に口を開いた円堂くんの言葉を、俺は一瞬理解できなかった。
「正確には元、だけどさ。ジェネシスのキャプテンだっただろ」
「ん。まあ、そうだけど」
「なら、俺と同じだ」
「え?」
俺と円堂くんが、同じ……?
「俺、まだまだ未熟なキャプテンだからさ。ヒロトがいてくれると、助かるよ」
「そんな!俺は円堂くんみたいには……」
輝くことなんて……。
「ヒロトはいつも、周りの人のことを注意深く見ている。それにいつだって冷静だ」
俺は、円堂くんの言葉が頭の中に染み渡っていくのを感じていた。
何故だろう。
彼の言葉は、いつだって説得力がある。
たとえそれが、俺へのほめ言葉であっても。
「緑川だってさ、ヒロトみたいにいつも見守ってくれる仲間がいれば、きっと心強いよ」
「心強い、のかな?」
「もちろん!」
円堂くんは、俺の肩にぽん!と手を置いた。
「誰だって毎日絶好調なわけじゃないからさ。仲間がくじけそうだったら、手を差し伸べてやろうぜ!」
またニカッと笑う円堂くん。
そしてまた、俺はつられて微笑んだ。
「ああ。チームメイト、だもんね」
「そうそう!」
二人で笑いあいながら、思った。
仲間がいれば、俺もたまには輝けるのかもしれない。
誰だって、円堂くんだって、常に輝き続けていられるわけじゃないのだから。
そんな時。
「はっ。こんなとこで何やってんだ?お前ら」
向こうから別な声が聞こえてきた。
見れば、不動くんが公園の入り口辺りに立っていた。
「あ、不動!お前も今帰りなのか?」
すぐに応答する円堂くん。
しかし、不動くんはいつもどおりの嘲笑で、ろくに俺たちと目も合わせない。
「楽しそうにブランコ遊びの最中悪いがな、戻んの遅れたらどやされんじゃねーの?」
今日は夕飯前にミーティングがあると、マネージャーの木野さんから伝えられていた。
「あ、いっけね!もうそんな時間かぁ!」
「わかった、すぐ行くよ。ありがとう、不動くん」
実際、不動くんが来なかったら遅刻していたかもしれない。
だから俺は感謝の意を伝えてみた、のだが……。
「ま、お前らが遅刻しようがしまいが俺には関係ねーけどな」
そう言って、不動くんは俺たちのことを待つこともなく、去っていってしまった。
「あっ、おーい!ありがとなー!不動―!」
円堂くんの呼びかけも虚しく、不動くんはすぐに夜の闇にまぎれてしまった。
軽くため息を吐く円堂くん。
「さっ、俺たちも急ごうぜ、ヒロト」
「そうだね」
俺は、落としていたゴミをコンビニのレジ袋にしまい、荷物を持った。
そして、円堂くんと並んで、少し早足で歩きだす。
空は雲が多くなってきて、星もあまり見えなくなった。
ただ、月のある部分だけが、ぼんやりと赤く光っている。
「俺、いつになったら不動とまともに会話できるようになるのかな……」
「うん」
円堂くんは、不動くんのことでほとほと困っているらしい。
そんな円堂くんに伝えたい言葉がないでもなかったが、俺は少し戸惑っていた。
でも。
チームメイト、という言葉が頭に浮かんだ。
「……さっきさ、俺は周りをよく見ているって、円堂くん言ってくれたよね」
「ん?ああ」
「それは多分、不動くんも同じだと思うな」
きょとん、とした顔をする円堂くん。
俺は一瞬吹き出しそうになったけど、そこは我慢した。
「不動くんは、すぐに人の欠点を見抜くし、問題点があったら真っ先に指摘する」
「まあ、そうだな」
「それはきっと、不動くんが冷静に周りの人を見ているからだよ。それに……」
彼の言動の、ひとつひとつを思い起こす。
それはけして、柔らかく温かいものではなかったけれど。
「いつも周りから離れて一人でいるけれど、その分、見えるものも多いと思うんだ」
「見える、もの?」
角を曲がると、大きな建物が見えてきた。
イナズマジャパンの合宿所だ。
「あの合宿所はさぁ」
「へ?合宿所?」
「あんなに大きいのに、全体が見渡せるのは、俺たちが離れているからじゃないかな」
円堂くんは合宿所を見返した。
話しながらも歩いているので、合宿所にどんどん近づいていく。
そしてだんだん、入り口の部分しか目に入らなくなってくる。
「人間もそうだよ。近づきすぎたら一部分しか見えなくなる。人間は、大きいから」
「確かに……そうかもしれないけど……」
円堂くんは、慎重に言葉を選んでいるようだった。
「でも俺は、せっかく仲良くなった友達と、わざわざ離れたくはない。豪炎寺とだって」
「豪炎寺くん?」
「いや……なんでもない」
俺は、豪炎寺くんに妹がいることを思い出した。
豪炎寺くんが一度雷門を去った原因を作ったのは、俺がいた、エイリア学園なのだ。
「……そうだね。俺も、わざわざみんなと距離をとりたくはないよ」
「ああ」
「でも、だからこそさ」
もう一度、空を見上げる。
なんだろう。胸がいっぱいで、少し苦しかった。
「今離れている不動くんがみんなの中に加わったら、きっと大きな力になるよ」
「そっか。そうだな」
あっというまに合宿所の入り口に着いた。
「ありがとう、ヒロト。お前と話して元気が出たよ」
「それはこっちの台詞だよ」
ニカッと笑う円堂くん。
もちろん俺は、微笑んだ。
「でも、ヒロト。夜はちゃんと足元みて歩かないと。転んだら危ないぞ」
「え?ああ」
円堂くんには、なんでもお見通しのようだ。
「ほら、今、流星群の時期だからさ」
「へ?そうなのか?」
最後のなぐさめとして、俺はまた空を見上げた。
「流れ星、見えたらいいなって」