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ロング・グッドバイ

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『世界』に対する愛情が、たしかに結実したと認識したことが、ただ一度だけあった。
しかしてこれから長い長い長い間ひょっとして死ぬるまで自分を苛むであろうその場面について、折原臨也は『世界に愛された記憶』としてカウントするかどうかもうずっと迷っている。――そもそも、折原という自意識にとって迷うことこそが珍しく、これはピンク色の棚、これはあすこのダストボックスへ、という風に、いつだって事象をさくさくと整頓することがルーティン・ワークにさえなっていたのだから、この記憶は甚だ特異な事例である、とも言えるだろう。

五月の、憂愁さや玲瓏さを欠片も含まない、伸びかけたゴムのような風ばかりが吹いていた。期待との不一致、緊張からの手放しの解放で悩む五月病患者が続出していると朝のニュースは伝えていたが、そのサイクルや細なる精神に興味はない(正確に言うと通りいっぺんその興味は、すでに試したりすがめたりあざ笑ったりした後だったからだと誤解なきよう言っておくにとどめておこう)。そんなことをぼうやりと思って、折原はふと、今「思考している自分」がどこにいて、何をしていたところなのか分からなくなって焦燥する。罠ばかり張り巡らせて先へ先へと存在する、彼においてそれはひどくめずらしい状況だった。

風が、風ばかりが四肢をくすぐり、それからひらいた薄いまぶた、それに覆われた色素の薄っぽいまなこが視認したのは、四角く薄汚れたただ白いばかりの清潔な天井と、慣れぬ消毒液とシンナーのような薬くささである。
現状を把握するより先に体を動かすような馬鹿な真似は折原はしない。またすぐに目をつむり、近くにあるかんじのする人の気配を感じながら四肢に順番に力を入れて、自分の状況を確かめてみる。右ゆび。右うで。右肩。左肩にうつって左うで、ゆびさき、そして左太もも。そういった風にわずかばかり力を籠めて自分の体を点検してみて、折原は、自分の頬と右腕、それから左腿に鈍痛を感じるのをたしかめた。――あたりに殺気はまったくない。何が起こったのか折原は思い出そうとして、意識の少しだけ混乱するまぶたを意図的に堅くつむり、直前の記憶の糸をアリアドネみたいに手繰ってみる。

点在する記憶のするどい欠片。喧嘩、戦闘、高校、自分に向かって投げつけられたフットサルコートのゴール、制服、血のにおい、ナイフのにぶい煌めき、そして――
作品名:ロング・グッドバイ 作家名:csk