未完のコピ本
こまごまとした家事をしている間に、「君が遅いからもう済ませちゃったよ」と家主がふざけたことをぬかしやがったので、イギリスは一人でシャワーを浴びた。
ほこほこの体をアメリカに借りたパジャマに包み(「どうせズルズル下がってくるだろDDD!」と上しか渡されなかったから素足だ)(…えろおやじめ)、髪を手荒にタオルで拭く。そうするたび、自分がいつも家で使っているシャンプーとリンスとは違う匂いがふんわり漂ってきて、ちょっと気恥ずかしくなった。清潔なシャボンの香り。
「……シャワー、ありがとな」
「あーうん、いいよ今さら礼なんて」
アメリカはテレビゲームを相手に格闘していた。なんとしても攻略してやろうと思っているのか、執念深い目つきでテレビを凝視し、高速でボタンを叩いている。……若干怖い。
風呂上がりの飲み物を選ぶついでに用意したコーラをサイドテーブルに置いてやったとき、グラスの中でぶつかった氷の音が聞こえたはずなのに、こちらを見もしないでアクションに熱中しているのはちょっと、なあ、おい。
(俺またゲームに負けた)
……いや、いいんだけど。いつものことだし。そうは思うもののちょっぴり複雑だ。イギリスは小さなため息を落として足を組みかえる。新品らしい星条旗柄のぱんつ(これも用意してもらった)が隙間から見えそうになり、そこでまたため息。
(女じゃないから別に見えたっていーけど)
でもこの柄はないだろうと思う。アメリカは悪趣味だ。こんなものを身に着けさせてどうする気なのか。それにトランクスの履き心地にも慣れない。ぴたりと肌に添う下着を好むイギリスとしては、あのフィット感がないとなんだか心もとなくて――ん、なんだ、見られてる?
ばちっと視線が合い、小首を傾げる。
「アメリカ? どこ見て……」
「っお、俺はテレビしか見てないんだぞ!」
「……そうかよ」
明らかに今こっち見てただろうがよ、と突っ込むのをやめる。なんかもう、めんどくさい。
そうしてすべてを放棄したイギリスの隣で、わざとらしくも騒がしい歓声を上げて遊ぶアメリカはしばらく正面を向いていたのだが、ソファの端に腰を下ろし、まだ髪の水気を取っているイギリスの手を「オーマイガー!」と、ゲームオーバーをきっかけにして引いてくる。
あっという間に膝の上に座らされ、動揺しながらまくれたパジャマの裾を急いで引き下ろす。あの星条旗は見られたくない。
「な、なん……」
「イギリス、俺は行き先操作するから、君はこっちの四つのボタンを指示通りに押してくれ!」
「無茶言うな、俺ゲームなんてやったことねえよ!」
「君ならできるさ!」
「ばか言っ…ちょ……っ」
ぐいぐいと膝を割られ、両足を跨がされる。
「ほらっ、そっちのボタン今すぐ押して!」
「えっえっ、わあっ」
ギプスを巻かれた腕が腰に回り、肩に軽く顎を乗せられた状態。
……至近距離にどきどきしているのはきっとこちらだけだ。敗北を悔しがり、勝利をもぎ取ろうとムキになっているアメリカは、密着する肌をきっと意識してもくれない。
せっかくの夜なのにこんなものかと呆れ、結局アメリカに従ってしまった。耳元でああだこうだと言われるのに最初はげんなりしたけれど、時間が経つにつれてタイミングを合わせようと躍起になり、終いにはイギリスのほうがゲームに夢中になっていた。
勝手がわかってきたイギリスは今では、アメリカの指示がなくとも敵を倒せるようになった。どのボタンを押せばいいのかを把握できてからはすっかり楽しくなり、えいえいと忙しなく指を動かしていく。
ザコ戦では膝をだらしなく開いて余裕の構え、ボス戦では腿に力を入れて警戒するというはまりっぷり。たかがゲームと思うも、つい力んでしまうのだ。
「やったぜ!」
ランチャーの一発を食らったボスが倒れるのを見、イギリスは前のめりの姿勢を正し、いつの間にかずり上がっていた臀を元の位置に戻した。膝を曲げて開き、ソファにぺたりとつけることでM字になっていた足を床に下ろす。アメリカの足をついぎゅうぎゅうに締めつけてしまっていたけれど、まあ痛みはなかっただろうと勝手に判断してスタートボタンを押す。
そのとき、
「……イギリス」
アメリカが洩らした熱っぽい吐息がうなじに触れる。ぴくんと反応するも、イギリスはゲームに集中し続ける、ふりをした。……だってまさか、そんなわけがないと思って。アメリカは今、ゲームを楽しんでいるのだ。だから、だから、これは気のせいで。
片手ずつ持つんじゃ不安定だからと、アメリカが受け持つコントローラーの左側に重ねていた手。ぐりぐり回るスティックから離れた長い指がその下から這い出て、イギリスの指に絡んでくるのを、どきりとして見やる。
「なん、だよ。お前ちょっと、ヒーローの動きが鈍くなってきてんぞ、もっとちゃんと」
「したい」
「は? し、したい、って……なにを?」
どかあん、せっかく次のステージに行けたのに、画面の中のヒーローは死んでしまった。
ゲームオーバーの文字を確認できたのは一瞬だった。流れる動作で電源を切ったアメリカはコントローラーを放り出し、イギリスをソファにころんと転がす。
のしかかられても、イギリスはまだ展開についていけずにいた。どうしていきなりこうなるのかが、わからない。お前ゲームにテンション上げてたんじゃなかったのかよ。
「おい、ちょっとアメリカ、」
「君、俺と同じ匂いがする……」
「そりゃあそうだろ、シャワー借りたんだから」
「うなじ目の前にあるし、足むき出しだしでこんなの耐えられるわけないんだぞ……もうやだ、君おっさんのくせしてなんで肌がつるんときれいなの、心臓に悪いよ……」
なにをぼそぼそ言っているのか。
「心臓がどうとかじゃなくて、お前は目が悪いんだと俺は思う」
「あいにく視力はすこぶるいいよ!」
だからこんなにも困るんだろうとおかしなことを言い、すべてのボタンをぷつりと外す。開かれてしまう寸前で前を押さえた。だめだ。アメリカのすることしたいことすべてに付き合っていたら、体が到底もたない。今ここで許したら、明日たぶん動けなくなる。
「やめろって、俺こんなことしにここに来たんじゃ」
少し期待していたことなど棚に上げて身をよじるけれど、アメリカは引かない。
「……好きなひとが自分の貸したパジャマ着て、でも全然サイズ合ってないぶかぶかした格好で自分の膝に乗り上げて、ゲームに興奮してるだけとはいえ甲高い声出して腰揺すってたら、君ならどうするんだい」
「いただきます」
真顔で即答するイギリスに向けられる、底抜けに明るい笑顔。
「だろう? というわけで、俺もいただきまーす」
「いただき……って俺ええっ? なんで……や、ちょ」
俺そんなことしてたっけ、と混乱するイギリスに構わない熱い唇が首筋をたどる。
吐息が思わず震えた。知られてはいけない反応を取りこぼさずに拾い上げるアメリカの、からかいの色を多分に含む笑みは憎らしくもあり、どこか色っぽくもあり、こんのクソガキが……と毒づく以外のことをできなくさせられてしまう。
「あ……っめり、か……」
「うん、するよ」