未完のコピ本
利き腕負傷とのことで、アメリカは日々の生活でさえままならない様子だった。
まず、本人も言っていたように、スプーンとフォークが握れない――というか、あまり動かさないほうがいいに決まっているのだから、無茶をしてフォークの先に食いつこうとするのをイギリスはたしなめた。
「じゃあどうやって食べろっていうんだい」
むすっとして呟くのを苦笑で受け流し、エプロンをつけたままで隣に座る。ナイフとフォークを取り、ステーキを一口大に切っている間、アメリカは不満そうに皿を見ていた。自分のペースで食事できないことにストレスが溜まるのだろう、もどかしげだ。
それがおあずけを食らった犬のようで、おかしかった。不謹慎だけれども。
「……君、俺の目の前で食べる気じゃないだろうね」
どんだけ食い意地が張っているのかと。
「いらねぇこと言うとマジでそうするぞ」
「えー! 君ひどいな!」
ポコポコ怒り出すのを今度は笑い、その口元にフォークを近づけた。ソースが垂れないように手の平を添えた格好で口が開くのを待っていると、白い顔がぼぼぼと赤くなっていく。
(おもしれー)
無言でかじりついて咀嚼するのを、頬づえをついて眺めた。無意識に口元が緩んでいたらしく、「なに笑ってんだい」、頬をぐにぐにされてついに吹き出す。
「ははは、だってなんか、一昔前のドラマん中の新婚夫婦みたいなことしてるなと思って」
「えっ」
「はいあーんとか今どきこんなベタな……、わっばか!」
冗談で言ったことなのにとんだ過剰反応だ。ミネラルウォーターの入ったグラスを置くのに失敗してしまったアメリカは、じわじわと濡れていくテーブルクロスには見向きもせずにじっと凝視してくるものだから、イギリスはすっかり驚いて、思わず姿勢を正してしまう。
なぜそう赤くなっている?
「なんだ、アメリカ?」
「君……きみ……、あーもーっ、自覚なしにそういうこと言うとこがもう、もうほんとっ……!」
「へ、え?」
「ばかイギリスっ!」
わめき散らしたアメリカはイギリスの手からフォークを奪うと、ステーキに突き刺してワイルドに食べ始めた。急にがつがつと旺盛な食欲を見せるアメリカに圧倒されて、言葉が出てこない。よく食べるな。ていうか、自覚なしってなんだ?
「……お前、よくわかんねえ」
現実的なことを言えば「夢がない」、こうして空想的なことを言えば「ばか」? ……どうしろと。本当に難しいやつだ。
「君が言うなよ!」
ため息をついてふきんをつかんだ。こぼれてしまった少量の水を拭き取り、倒れたままのグラスを立ててミネラルウォーターを注いでやる。
口の端から垂れたソースをナプキンで拭ったり、しぶるのをなだめてサラダを食べさせたりと、イギリスはそれからも世話を焼き続けた。
アメリカの側近は食事の際のこれでやつれてしまったのかもしれないな、とふと思う。食べさせろとはさすがに言わなかっただろうが、フォーク使えないだのなんだの、どうせこいつはだらだらと文句を言っていたに違いない。
そして、イギリスが夕食を作るときにたまたま見つけた冷蔵庫の中の残り物。彼が料理してくれたものなのだろうが、アメリカの好みからは微妙に外れていたから、そこでもまた二言三言と――
(気の毒にな)
そんな後に、男同士のアレな絡み合いをドア越しとはいえ耳にした。
(ごめんマジごめん、えーと名前は知らないけれど)
実に申し訳なくなり、イギリスはうなだれた。次に彼に会いそうなときがあれば、うまい酒でも送って詫びを入れよう。