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Mein lieber Lehrer

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あの人には随分と昔から邂逅の許可を戴いていた。当日にベルリンにあるその大きな門に赴いて用件を告げれば手際よく、あの人の元へ案内をしてくれる。広い広い、あの人の屋敷。使用人なんて何人いても足りないんじゃないか。この規模の違いを見るとよく私なんかに会ってくださるものだと思う。きっとお忙しいのに。姿を拝見したことはなく、ただただ噂で破天荒、苛烈、奔放、狡猾などなど。総括するに荒々しい、という表現は間違っていないのだろう。
ああ、ならばきっと体格もいいのだろうな。
矮小な考え事に浸っていると、到着しましたというドイツ語が聞こえた。他の扉と比べて特別華美という訳ではない。むしろなんら変わりが無い。
ただ。
その内から溢れる緊張感というか、ただならぬ空気。知らず知らず、手のひらに汗が滲む。ダンケシェーン、と一言伝えれば案内してくれた彼も居心地が良くなさそうに立ち去る。コンコン、と震える手でノックをすればすぐに通る声で入室を許可するドイツ語が聞こえた。

かちゃ、と扉を遠慮気味に開けば、正面に大きな窓があって、その前に据えられた机が見えた。更に手前、ほぼ私の目の前には応接の為のシンプルなソファセットとローテーブルが置いてあった。書類が山と積まれた机についているのは、下を向いていてよく見えないが多分青年。山の一部を手に持って用件を告げないこちらをいぶかしむようにちらりと見る。ああ、と納得したような顔をしたらしい彼は、私達国に馴染む言葉を話した。

「お前は、・・・ニホン?」
「はい。お忙しい中、お時間を取らせて申し訳ありません」
「構わねえよ。そこ適当に座れ」

がたん、と椅子を立ってぐるりと机を周ってし、ソファまで歩いてくる。ブーツがこつんこつん、と音を立てて、近づいてくる。途中でちりんちりんとベルの音がして、隣室から女性が出てきた。客だ、良い紅茶2つくれ、とだけ告げて彼もどっかりといった様子でソファに座った。

「遠路ご苦労だったな」
「いえ、とんでもございません。用事があるのは、こちらですから」

言い様、顔を上げれば相手の顔がよく見えた。真っ直ぐこちらを見る瞳は菖蒲の色。アメリカさんとも違うのは色の薄くて短い麦藁色の髪。お顔ですか?それはそれは、整っていらっしゃいますよ。オランダさんよりは幾分繊細な作りですが少し、似たところもあります。

「貴方が・・・ドイツ帝国さんですか?」
「・・・いや、俺じゃねえ。あいつはまだ体が弱いから、今は俺が代わりに色々やってる。・・・俺は、プロイセン」
「お名前を聞いたことはございます。浅識ながら」
「そうか。・・・日本人は、皆そうなのか?」
「? そう、とは?」
「髪も目も黒い。肌もバター色。んで、控えめ」
「・・・これはこれは。そう、ですね。民の具象化が私達ですから」
「へえ。なんか、不思議な感じがする」

くるくると菖蒲色の目が動くさまが少しだけ幼く見える。こんなことを言ったら怒られてしまうでしょうか。けれど我慢できなくて少しだけふふと笑い声が漏れてしまった。ぴた、と驚いたように瞬くさまもまた、幼子のようで。

「・・・笑った・・のか?」
「ああ、すみません。・・御気に障りましたか?」
「いやそうじゃなくて・・・。驚いた、そんな風に笑う奴俺の周りに・・・・いた」

いない、と言いたかったのでしょう。途中で真顔だったのが急に渋くなる。そこで気を取り直すように咳を一つ。丁度紅茶も運ばれてきて、良い香りを漂わせていた。

「・・・で、お前が言ってた、軍事やら医療やらのことだが」
「・・・教えて、いただけるのでしょうか」
「教える、というか、俺としては生まれてからずっとやってたことだから、1から教えるのは難しい。そこでお前にあらゆる見学を許可する。それで、わかんないことがあったら俺に聞け」
「! よろしいの、ですか?」
「そういう話だっただろう。その代わり、・・・いずれ、俺はここを弟・・・ドイツ帝国に譲る。そのときは・・・・仲良くしてやって欲しい」

冗談のような交換条件に思わず彼の顔をみると、至って真剣な顔で。そういう心配をするということは、きっとこの人は今まで友達がいな・・・げふん、外交に力を入れる性質ではなかったのだろう。だというのに。これからの未来が外交が鍵を握ると知っているようで。
そしてその真剣な顔から、如何にその弟君を大切にしているかが見て取れて。気まぐれに少し安心した顔が見たくなって、するりと言葉が出た。

「・・・そんなこと、交換の条件にもならないほどの、当たり前です。お師匠様」
「! あ、・・・えっと、そか。・・・・・ありがと、な、弟子」

ケセ、と喉を鳴らし、八重歯を見せて、彼が笑った。


これが、私とあの人の初対面です。次に会ったのは、確か、軍事の質問に訪れたときです。まあ・・・次の日なんですが。そうやって、1日分の質問を纏めて夜お尋ねする日が毎日のように続いて、序々にあの人とも打ち解けていきました。噂に聞いた苛烈さも、狡猾さもこのときには見えなくて、最初は首を捻ったものだった。
ただ、ある時、軍事訓練に彼が顔を出すまでは。
プロイセンという国は軍事国家だったという。きっとそれを体現しているのがあの人なのだろうと思い知った。・・・・軍隊の皆さんが少しだけ可哀想になった。でも僅かな休憩時にも彼は私に様々な助言をくれた。ついでに訓練もその日は参加型になった。・・・今だから言いますが、ドイツさんの訓練なんか目じゃないんですよ。ただ、それ以外のときは割と穏やか、大体が快活という言葉で表現できるような人だという印象です。

で、その快活な彼と語らっていたある夜のこと、でした。

「お前って、勉強家だな」
「そうでしょうか?見せていただけるのですから、再現できなくては意味がないですし」
「・・・なあ、なんで俺んとこだったんだ?アメリカとかのが仲良いだろ?」
「・・・・気質が似ていると、言われたことがありまして。オランダさんに」
「オランダにぃ?」
「ええ。アメリカさんとは、正直似ているとは全く思いませんでしたから、自国の為にはこちらがいいのだろうと思って」
「で?どうだよ、似てるか?」
「・・真面目、と言う点では似ているのかと。ただ、当然違う部分の方が多いです。・・・私の国には、貴方の様な綺麗な方はあまりいませんから」

ここで私としては、造形美、というか。彫刻を美しいというのと似た感覚で発現したのですが。・・・彼はそうは取れなかったようで。普通、そういう場合憤慨とかするものだと思うんですけれど、頬をかあ、と赤く染めてしまって。それをぼんやりと、愛らしい、と思ってしまったのが、事の発端です。




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作品名:Mein lieber Lehrer 作家名:桂 樹