Mein lieber Lehrer
師匠が話し始めたのは案の定恋の話で、恋に悩む師匠を見て影で見守ろうと、応援しようと今の今まで思っていた。師匠のお顔はとても辛そうで、間違いなく恋なのだと思う。きっと切実な。そう思っただけで・・・・急に、胸が早打つ。行かせたくないと思ってしまう。そんな想いは許されないのに。
ぱん、と師匠が自分の膝を叩いて、言います。
「悪かったな、こんな話、帰る直前に。でも、ありがとう」
ふにゃと笑った顔が壮絶に可愛くて愛しくて、じゃあおやすみ、と立ち上がって帰ろうとする師匠の袖を勝手に掴んでいました。
ああ、止まらない。
驚いた顔の師匠、ぐいと思い切り掴んだ腕を引いて振り返らせる。
薄い金色の頭をがし、と掴んで、口付けた。
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は?
なんで俺、日本にキスされてんだ。あ、離れた。
1歩、また1歩、と日本が後ろに下がっていく。それに焦燥を覚えた。
「・・・・にほ、ん?」
「・・・すみません、失礼しました。でも、もう会うことも滅多にありませんから、どうかご勘弁ください」
「ッ、・・・なあ、なんで・・今の・・」
「貴方が、好きです。初めて会ったときのような厳格な姿も、先ほどまでの少年のような表情も。・・・私は貴方を愛しています」
「・・よせよ、そんな・・・冗談ッ・・」
「!?師匠?」
目の前で日本が驚いた顔をしている気がする。滲んで何も見えねえよクソ。どうやったって信じらんねえ。でも日本が冗談でキスなんかするとも思えねえ。
ずり、と部屋履きが床のカーペットを擦る音が聞こえた。みっともない顔を見せたくなくて自分の袖でぐい、と目を拭った。
「ごめんなさい、泣かせてしまうつもりはなかったんです。・・・それと、冗談なんかじゃありません」
「・・日本、・・・なぁ、本気かよ?そんなこと・・あるわけ・・」
「貴方に可愛がって戴いた恩を仇で返すようなものだとはわかっています。でも、本気です」
「ッ・・・」
目の前にいる弟子の顔を見るのが気恥ずかしいのもあって、こちらの体格を利用して覆いかぶさるように抱きついた。
慌てるかと思ったあいつは思いのほか、しっかりと抱きとめてくれて胸がほくほくする。
「・・・師匠?」
「俺、わかんねえんだ・・・。俺が男を、・・・お前を好きでいることを、神様赦してくれると思うか?」
「・・・はい?」
「ッ・・俺だって、お前が好きだって言ってんだよ!師匠の言葉はよく聞け!」
「本気・・・ですか?」
「本気だからあんなに悩んでたんだろうが!本人に相談すんのすげえ怖いんだからな!!」
「・・嬉しいです・・。ああ、私の師匠。なんて愛らしいんでしょう」
ぐい、と体を離されて、珍しく目を正面から見る日本に恥ずかしいことを延々と言われる。その顔も珍しく、爛々とした微笑なんかじゃない満面の笑顔。舞い上がり過ぎだろ。そんなに俺に好かれてるのが嬉しいのか、お前は。すぐにピンク色の言葉責めに耐え切れずに目を逸らすとまたぎゅう、と抱き締められた。自然に俺もあいつの背に腕を回す。
「・・師匠、無理に応えてくださらなくてもいいんですよ?貴方の神は、それをお赦しにならないんじゃないですか?」
「そん時は・・お前んちに住む。・・・お前んとこの神様は、赦してくれるだろ?」
「まあ、お目こぼし程度ですけどね。八百万の神がいますから、どなたかは赦してくださります」
「そか。俺自身もそういう教育だったから、なんか鬱になることもあるかもしれない。迷惑掛けるかもしれない」
「そのときは女装でもしてあげます」
真顔で言う弟子、・・・・恋人がおかしくて、更にその様を想像して思わず笑いが漏れる。
「くく、まじかよ?お前顔可愛いから似合うかもな」
「・・・・・鬱が治ったら師匠にも女装してもらいますからね。あ、先に言っときますけど突っ込むの私ですから」
「!!? ちょ、おま、何言って・・!!ていうか、え、お前なの!?俺じゃねえの?」
「師匠みたいな可愛い人に突っ込まれるなんて日本男児のプライドが許しません。まあ別に私はやらなくてももう平気ですから師匠の心次第なんですが」
「遠まわしに脅して来るな!アレか、俺が突っ込まれるの了承しないとやりませんっていうヤツか!?」
その後、どっちが突っ込むのかという低俗極まりないかつ、結果的に結構遠い未来の大問題を夜通し議論した。
・・・負けた。若いって辛い。
作品名:Mein lieber Lehrer 作家名:桂 樹