ツイッターお題より
１.シュミエリ
「なんで落としたりしたんだ、お前らしくもない」
浜辺に膝をつけて這いつくばりながら、シュミットが心底不服そうに言った。
不機嫌極まりないことには違いないが、それでもこうやって一緒に探してくれているのだから、まあ、まだ大丈夫の域なのだろう。
エーリッヒ自身も先程から膝をついて、月の光もない暗い砂浜とにらめっこをしながら手探りで落とし物を探し続けている。
探し物はそれなりの大きさの銀色の金属なのだから、たとえ夜とはいえそれなりには目立つもののはずなのだが、二人がかりで探しても一向に見つかる気配はない。
「すみません、」
謝りつつ本当に困り果てる。
何せ落としたのは部屋の鍵で、大会のために訪れている宿舎はこんな夜中にはもうすっかり寝静まってしまっている。
とりあえず仲間のところに行って椅子でも床ででも寝かせてもらう、という選択肢は取りづらい。
自分ひとりなら適当に朝まで過ごしても構わないのだが、いかんせん部屋はシュミットとの相部屋だった。
自分の失態で、シュミットにまで迷惑をかけるわけにはいかない。
しかし、そんなに歩き回ったわけでもないのに、通ったと思しきところを何度見て回っても鍵は見つからない。
困った。
本当に。
そもそも不用意に夜の浜辺なんかに出たところからすでにしてよくなかったのかもしれない。
発端はシュミットが風に当たりに行こうと誘ったことだが、明日もレースがあるんですから、とでも言って断ればよかったのだ。
希望を聞かないと駄々っ子のようになることもあるシュミットではあるが、さすがにレースに支障をきたすわけにはいかない、とでも言えば引いてくれただろう。
そこまで子どもではない。
ということはつまり、やはりエーリッヒの失態なのだ。
第一、なぜ断らなかったのかと言えば、エーリッヒ自身がシュミットとのそういう時間を欲していたからで、
つまるところ、エーリッヒの失態なのだ。
「………すみません、シュミット」
「…………見つからないな」
「あの、やはり、ヘスラーたちの部屋に行って」
取りあえず入れてもらって、明日の朝一にでも宿舎の管理人のところへ行って部屋を開けてもらえば。
そんなことを言おうと思ったのに、シュミットは顎に手を当ててすこし考えた素振りをして、
「………エーリッヒ」
「は、はい？」
「選べ」
「……、は……？」
一体何を選べというのはか、さっぱり話が見えない。
困って眉を寄せると、シュミットが楽しげに人差し指を突き付けてきた。
「あいつらを起こして迷惑をかけるか、いっそこのまま二人で夜を明かすか、だ」
アドルフは意外に低血圧だから、こんな時間に起こされたら朝から調子が悪いだろうな。
ヘスラーもどうのこうのというような性格ではないが、寝不足ではさすがに全力を出し切れないかもしれない。
ミハエルを起こすなどというのは問題外だ。
よそのチームの世話になって、借りを作るのも好かん。
立て続けに理路整然と並べたてられて、エーリッヒは口を挟む暇もない。
「だったらいっそ、俺たちが寝床を得るのを諦めた方がいいだろう」
俺は多少寝不足だろうとレースに支障はない、断じてない。
自信満々な顔が、そう告げて、ずいエーリッヒに選択を迫ってきた。
「ええと、………」
「お前は不満か？ 夜通し俺と二人で過ごせるというのに？」
「………………いえ、それ自体は、……です、」
「なんだ？ はっきり言え」
「……それ自体は、とても、嬉しい、です」
かあ、と赤くなってしまっただろう頬の色は、夜の闇が隠してくれるだろうか。
「よし、」
満足気な声を出したシュミットが近づいてくる気配。
右手がそっと捕えられて、
するりと指と指が絡む。
「少し歩くか」
耳元で囁かれた提案に、熱の差す頬を意識しながらエーリッヒはこくりと頷いた。
お題『夜の浜辺・選ぶ・鍵』より
2010.8.22