その心に触れて
1.同じ委員として
あまり、他人と関わらなくて済むのなら、どこでも良かった。
生物委員に入ったのも偶然で、他に立候補がいなかったから。
顔合わせの時、初めて見る先輩たちに萎縮したわけではないけど、顔を上げられなかった。級友達に、散々女みたいだと笑われた顔を見せるのが嫌だったから。
委員長という男の声が、降ってくる。
「じゃあ、伊賀崎は八左エ門が面倒みてやれ」
「ぼ、ぼくっすか」
素頓狂な声に、思わず声の主を見た。制服の色と学年をまだ覚えていなかったけど、先輩だということはわかる。
ボサボサの髪の毛を高い位置で括り、どこか制服もだらしなく見える。
あ、眉毛無駄に太い。
無意識の内に観察していると、視線がかち合った。
「よろしくな、伊賀崎」
「……はい」
このきっかけがなければ、この人に近づくことはなかったと思う。
ああ、ついていない。
一年生は先輩と二人一組になって、当番をするらしい。それに則って、孫兵もある先輩と組まされたのだが。
「孫兵ー。ほら、これ見てみろよ!」
小さな声で手招きされる。覗くと兎がすやすやと眠っていた。
「どうだ。かわいいだろ?」
「ええ、まぁ……」
楽しげに話す先輩だったが、孫兵はどうも苦手だった。何も喋らずにいれば作業だって早く終わるというのに。
自分の仕事を終えて、先輩の様子を見る。毒虫に餌をやっていた。
「ほら、餌だぞー。うまいか?」
一匹ずつ声を掛ける先輩を半ば呆れながら見ていた。
「孫兵もするか?」
いきなり振り向いたかと思うと、餌を手渡された。どこからとってきたのかわからない、ミミズを、毛抜きのようなものでつまんでいる。
仕方なく、先輩に付き合ってあげようと、受け取った餌をかごの中の虫にやる。
派手な色合いは目に痛々しく、歪な雰囲気を醸し出していた。それは間違いなく毒を持った生き物。
噛まれたら死ぬのだろうか。ぼんやり考えて、次の虫に餌をやる。
満足そうに笑う先輩を一瞥して、なにがそんなに面白いのかと心の中で毒づく。
委員会の集まりは比較的気持ちは楽だった。先輩達は女顔の事に関してどうこう言わない。輪の中にいるが、誰も話題を振って来ることもない。ただ一人を除いて。
「孫兵ー?」
呼ばれると、人差し指で頬をつつかれた。
ぷにぷにしているだとか、柔らかいだとか、嬉々とした声を上げられる。
不機嫌な顔を見せつけても、止めず、他の先輩まで寄ってくる始末。
「おぉ、気持ちいい」
「俺の弟もこんな感じだ」
「おぉ、伸びる伸びる」
触られるだけでなく、押されたり引っ張られたりしている。
元凶である竹谷先輩をキッと睨み付けてから、頬を引っ張る先輩に言う。
「やへてくだしゃい」
幼子のような発音に、思わず赤面する。きょとんとされて、先輩達に手を離してもらえた。
ああ、こんなことになるのも、あの先輩のせいだ。
「孫兵」
先輩と一緒に当番を始め、ひと月が経った。
呼ばれて振り返ると、楽しげに笑う竹谷先輩。その手には、目に痛い色をしたヘビ。名前はまだ、覚えられていない。
「それ、毒ヘビですよね」
「そう。触ってみるか?」
そっと手を伸ばす。
毒を持ってまで、自分の存在を主張する鮮やかな色をしている生き物たち。初めは恐れていたが、いつの間にか彼らが放つ不思議な魅力に引かれていった。
それでいて、ずっと孫兵は触れられないでいた。
恐る恐る手を伸ばす。指先でそっと撫でると、動いたヘビに驚いて咄嗟に手を引っ込めた。ざらざらした感触を思い出していると、先輩は大丈夫だと、にっと笑う。
この人が言うと、本当に大丈夫な気がしてならない。
何度か触って、爬虫類独特の肌触りに慣れてくる。
ほっと息を吐いた。
「じゃ、次はここ掴んでみな」
ヘビの首、というのだろうか、頭と認識できるより少し後ろを示した先輩。そっと掴み、尾に近いところも持つように促され、手にする。意外に重さがあった。
「あっ」
ヘビが動く。しっかりと掴みきれていなかった孫兵の手から、ヘビはするりと逃げ出した。
しまった、と思うよりも早く、竹谷先輩が落ちたヘビの首を踏んだ。
その行為に驚く孫兵を差し置いて、先輩はヘビを抱き上げ、もとの籠に戻す。
「不機嫌みたいだから、また今度な」
今日は帰ろうと言う先輩。
「……どうして、ヘビを踏んだのですか?」
生き物に対して、熱い思いのある先輩だと思っていた。かわいそう、と口にしかけて、生き物にずいぶん感情が移っていることに気づく。
「噛まれたら大変だからな」
「…………」
だからといって、ヘビより人間が偉いというのか。
うつむくと、頭を撫でられた。
「生き物を大切に思うのはいいことだ。ただ、俺が噛まれるのは構わないが、孫兵が噛まれるなんてことは起こしたくない」
なんて、ひとだ。
それしか言葉が思いつかなかった。
「……別に僕は大丈夫です」
「ははっ。孫兵は頼もしいな」
顔を上げて睨んでも、笑ってあしらわれる。これだから嫌なのだ。たった2年の違いで偉そうに。