その心に触れて
2.いるのは違う場所
三年生が実習でいないために、孫兵は一人で当番をすることになった。餌をやり、掃除を始める。遠くから楽しそうな声が大きく聞こえる。
いつもはこんなだったっけ。
気がつけば、掃除の手が止まっていた。邪魔する人がいなくなったので、気持ちよく掃除ができる、はずだったのに。
ガタンと立て付けの悪い音がした。
「竹谷せんぱ……」
振り返って見つけた姿は、六年生の委員長。苦笑するその先輩は、ぶつからないように頭を下げながら小屋に入ってくる。
「八左ヱ門じゃなくて悪かったな」
「いえ、すみません……」
急に恥ずかしくなり、視線をそらして箒を強く握る。委員長は同じように掃除用具を持ち出して、孫兵を手伝ってくれた。
あっという間に掃除は終わった。
「じゃあ帰るか」
「あ、」
鍵を持った委員長が、こちらを見て首をかしげる。開いた口を、一度ゆっくり閉じる。少しだけ考え直して、口を再び開く。
「なんでもないです」
「そうか?」
一度だけ頷いた。
本当は毒蛇を触らせてもらいたかったけれど、今度、竹谷先輩との当番のときに頼めば良い。
小屋を出ると、委員長の手によって鍵が閉められた。
そして、当番が回ってくる前に委員会の集まりがあったので、そこで久しぶりに竹谷先輩に会った。
「おう、孫兵久しぶりだな」
部屋に入った途端、手を振られた。まず会釈をして、空いていた隣へ座る。
元気にしていたか。生き物達の様子はどうだったか。
ありきたりな質問をされて、いつも通りの調子で返答する。少しずつ人が増えてきて、委員長が真ん中の文机に腰を下ろす。大体の人間が学年別にまとまっている。
「八左ヱ門、お前、こっち来いよ」
「おー」
竹谷先輩は立ち上がり、呼ばれた同級生のところへ移動する。
孫兵は一人、正座したまま委員会の話を聞くことになった。
一刻もしないうちに会議が終わり、自由時間になる。高学年が役割分担で何か作業を始めた中、一年生が暇そうな三年生に絡みに行く。
孫兵はその様子を横目で見ながら、孫兵はため息をついた。すっと立ち上がって、委員長の傍による。
「何か手伝います」
驚いた様子の委員長はちらりと低学年の集団に目をやるも、自分の持っている書類を数枚、孫兵に手渡す。
「餌代がいくら掛かったかまとめてくれるか」
静かに頷き、算盤を借りて計算を始めた。
後ろで、竹谷先輩と、同い年の子達の楽しげな声が聞こえる。妙に耳に障った。
「大丈夫か?」
顔を上げると、委員長がじっとこちらを見つめていた。
「元気なさそうだな。話は終わったから、帰っても構わないが」
「いえ、ただ少し、うるさいなと思っただけです」
ああ、と納得したような委員長。
自分がどんな顔をしているかわからなく、心配されるほどではないと主張したかっただけだった。
「はは、伊賀崎も混ざってくるか?」
「お断りします。……どうして、僕が」
算盤に手を掛けて、計算を再開する。うるさいのだから、大人しくしてもらうか、部屋から追い出してくれれば良いのにと考えても、口にはしなかった。