その心に触れて
3.毒と先輩
「そんなに、毒を持っているやつが好きか?」
尋ねられて、触っていた毒グモから手を離して、孫兵は顔を上げた。先輩は苦笑しているようだった。
「好き、というか綺麗だと思うんです」
「派手な色なのに?」
「鮮やかって言うんです」
律儀に言葉を返す孫兵に、先輩はなるほど、と漏らすだけだった。
「竹谷先輩は嫌いですか?」
刺激しないように、慣れた手つきで毒グモを籠に戻す様子を、ほんの少し見上げてみる。
笑うでも、しかめるでもなく、普段の表情で答えてくれた。
「嫌いじゃないな。好きってわけでもないが、すごいと思ってるよ」
「すごい?」
先輩は籠を棚に戻すと、毒ヘビの入れ物の鍵を開ける。
「こいつらって、自分よりも大きな生き物に、いつか食われるかもしれないって危険と常に背中合わせなんだ。毒のあるなしに関係なく、な」
はい、と毒ヘビを孫兵に手渡した。
教わった、危なくない持ち方をして、頭を撫でてやる。
「他の生き物に見つからないよう、風景と同化する生き物もいるっていうのに、派手に目立ってるんだ。すごいだろ」
「派手な色は威嚇するためのもので……」
「孫兵みたいに惹かれるやつもいるけどな」
ぬるり。毒ヘビが手から抜け出して、巻きつくように腕を這う。
背筋が冷えるような錯覚がした。
「派手な容姿で惹きつけて、近付いてきた相手を毒で征する。怖いと思わないか?」
どくんと心臓の跳ねる音が大きく聞こえる。鼓動が早くなる。
先輩の手が、孫兵に絡みつく毒ヘビを捕らえる。
「別に。それに、毒を持つ生き物が全部派手とは限りません」
「その通りだな。けど、容姿に関係なく、近付くものや危害を加えるものには容赦なく毒を食らわせる。相手を死に至らせてまで、生き延びようとする」
毒ヘビを抱えた先輩は、じっと毒ヘビと睨み合っていた。
「自分が生き残りたいっていう意思が強い表れだって考えると、こいつらすげぇよなって思うんだ」
こんな小さな身体で、一生懸命生きようとしているところを尊敬している。
そう言って、にかっといつものような豪快な笑顔を見せてくれた。
もういいかと訪ね返されて頷くと、先輩はすぐに毒ヘビを下の入れ物に戻した。
ひっそりと生きるのではなく、堂々と存在を主張する。それによって生まれる危険を、毒で征する。
「そうですね、もっと好きになれそうです」
自分よりもたくましい生き物たちを。
「ま、いくら好きだかっていっても、先輩いない時に勝手に触るなよ。危険なことには変わりないからな」
たった二つしか違わないのに、先輩ぶられて、少しだけむっとする。
毒の生き物に触らせてもらえるようになって、そんなに時間は経っていなかった。
刺激しなければ攻撃されないと、先輩たちは言っていた。その言葉通りということではないけれど、あの生き物たちが自分を襲うなんて考えられなかった。
深い理由はないけど、なぜだか襲われない自信があった。
そういえば、と頁をめくる手を止めた。
当番と自分しかいない図書室は、あまりにも静か過ぎた。目の前に広げられている南蛮の昆虫図鑑は、蝶の頁を開いていた。
先輩たちは、毒の生き物が危険だと言う割りに、噛まれたときの対処法を教えてくれてはいない。
本当は、生物委員で飼っている生き物は毒がなくて、噛まれても平気なんじゃないか。
ふと浮かんだ疑問は、誰かに尋ねられるものではなかった。
誰も、真実を教えてはくれないような気がした。