二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

手袋を買いに

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 

 その街がモードの中心地だったのは一昔前のことだ。今となっては、流行りに左右されないトラディショナルな服をオーダーメイドで仕立てるような古式ゆかしい洋裁店が幾つか残るばかりの街となっていた。
 この街の何処かに、一軒の奇妙な手袋屋があるという。
 どうしてだか誰も正確な番地は口にしないため、はっきりとした所在は知られていない。ただ、どこそこの通りを折れたところとか、何とかいう店の裏側あたりとかいう、曖昧な噂だけが道しるべとなっている。今では、本当にその店の品物を必要とする者しか辿り着くことができない、などという都市伝説のような話まで聞こえてくる始末だ。
 しかし、その奇妙な手袋屋はちゃんと実在している。
 人通りの少ない路地裏に、間口の狭いこぢんまりした店構えをして、ひっそりと佇んでいる。ショーウィンドウのようなものは一切なく、ただ扉の上に両掌を広げて並べた形の小さな看板が掛かっているだけで、知っていなければそこが店だと気付くことすら難しいだろうが。
 店の中は入ってすぐの右手から奥へ向かってL字型のカウンターになっており、その向こう側に店主と思しき一人の男が客を迎えている。カウンターの中の壁は、平たい引き出しを隙間なく積み重ねたような作り付けの棚になっており、それは天井近くまで達していた。
 この店では、客はいちいち注文を付けることをしない。
 ただ、手首まで見えるようにした両の手をカウンターの上に置けばいい。もし、求めているのが長手袋の場合は、もう少し袖を捲り上げる必要がある。
 店主は客の手にちらりと目を向けると、黙って壁の引き出しの一つから真っ黒くて平たい箱を取り出してくる。時には身を屈めたり、カウンターの下から小振りの脚立を取り出してみせたりもするが、どの引き出しからも大体同じ大きさの黒い箱が現れるのだった。
 真っ白な布手袋に覆われた手が箱に収められていた一対の手袋を恭しく差し出してきたら、客はそれを受け取って着けてみる。
 そしてここが、この店の最も奇妙と言われる所以であるのだが、店主の寄越す手袋はどんな客の手にも文句なくぴったりとはまるのだった。たとえそれが初めての客であろうと、彼が選ぶ手袋はまるで専用に誂えたように十の指に吸いついた。客はただただ「ほぅ」などと溜め息をこぼしながら手を握ったり開いたりして気持ちよい感触を味わい、あとは財布の紐を弛めるだけでいい。
 だから、この手袋屋の中では商いはとても静かに行われている。
 勿論ほんの時々には「もっと明るい色はないかしら」などと注文を口にする客もいたが、着け心地や動き易さ、温かさなどの機能面で文句を口にする者はいなかった。
 そして、このような些細な注文をつける客に、店主は必ずこう答えた。

「申し訳ございません、お客様。次のご来店までには必ずご用意いたします」

 客の方も、その日のうちに目的の品を持ち帰らねばならぬほど切迫している人間はまずいなかったので、皆その店主の言葉に鷹揚に頷いて店を後にする。そうすれば、数日後だったり次の日だったり、場合によっては近くの通りを散策しただけであったとしても、兎に角もう一度その店の扉をくぐったときには必ず希望通りの品が入荷されているというわけだ。
 これも、奇妙と言われる理由の一つである。
作品名:手袋を買いに 作家名:Physarum