触れる魔法
結局、何も言われないまま一日過ぎて、明日はセフィロスさんもザックスも出張に行ってしまう。
「準備するものはこれだけですか?」
セフィロスさんに指示された物を鞄に積め終えたので、声をかける。
ソファーに座って書類に目を通していたセフィロスさんは、俺の横にやってきて、鞄の中を覗きこんだ。
中を確認して、書類をチェックしている。
「……そうだな……。これぐらい……だな」
セフィロスさんは俺の頭をポンと叩くと、残念だ、と言った。
「残念?」
「リストにお前の名前はなかった」
「お、俺……?」
「出張には連れて行けないんでな。だから、リストにあれば持って行ったのにな」
セフィロスさんはソファーに座り直すとまた書類を読み始めた。
それは俺を連れて行きたかったってこと?
俺を側に置いてくれるってこと?
「ああ、クラウド」
「は、はい」
セフィロスさんに近寄ったけど、さっきの言葉の真意がわからないから、ドキドキしてしまう。
「一週間留守にするから、くれぐれも気をつけるように」
「は、はい。戸締まりなどは忘れず行います」
セフィロスさんは不意に俺の顔を見ると、くくっと笑いだした。
何で笑われているのかわからない俺としては、どう反応したらいいのかわからない。
俺は防犯のことについて言われてると思ったから、そう答えたのにな。
「ここのセキュリティは強固でな、お前が戸締まりをし忘れたとしても、勝手にロックされる」
「……そう……なんですか……?」
俺、セフィロスさんの側にいるようになってから結構経つけど、知らなかったな。
確かにソルジャーの宿舎のセキュリティが脆弱では、機密情報が余りにもあっさり漏れてしまうかも知れない。
ただ、セフィロスさんが言うセキュリティの強固さはそういった情報を守るためのものであって、身の安全のためのものではない気がする。
そう伝えると、セフィロスさんはその通りだ、と先程まで目を通していた資料を揃えた。
「ソルジャーの身の安全など考える必要はないだろう? ソルジャーを名乗ってるのは伊達じゃないはずだ」
確かにソルジャーが自分の身一つ守れないようじゃ、ソルジャーの名が廃るだろうし、ソルジャーとは見なされなくなるだろうな。
「まあ、そう言うことだから、お前が戸締まりのことを意識する必要はない」
「……では、どうして、大丈夫か、などとお聞きになるんですか?」
勝手に戸締まりしてくれるなら心配することなんてない。
一人でご飯も食べられるし、一人で仕事ができないわけじゃない。自分の身を守るぐらいのことはできる。
一人で寂しくないかと問われれば、寂しい、と答えるかも知れないけど、ただ、それは一人でいることの寂しさじゃなくて、いて欲しい人がいないという寂しさだ。
「……狙われてるからな」
ぽつっと呟いたセフィロスさんの言葉が誰に向けられたものだったのか、俺にはわからなかった。
「……誰がですか?」
こう聞き返した俺の顔をセフィロスさんはじっと見つめてきた。
目が合ったまま、俺は目が反らせない。
この碧い瞳も好きだ、と胸がずきんとする。
「クラウドが、だ」
「お、俺、狙われるような危ない橋を渡った記憶はありませんよ!」
「命のことではない」
「命……じゃない……?」
余計にわからない。
じゃあ、俺の何を狙われていると言うのだろう。
財産なんてないし、俺の身の回りには高価なものなんてない。
セフィロスさんは俺から目を反らすと、俯いて足元を見つめた。
「あ、あの……」
「お前自身が狙われているんだ。命ではなく、その……」
言葉を濁して、セフィロスさんはソファーから立ち上がった。
そのまま俺の前に立って、俺を見下ろしている。
「……他の奴らのものに……だけは……」
凄く小さな声だった。
ようやく聞き取れるほどの声。
辛そうなその声に俺は言葉が出なかった。
他の奴らのものにだけは、どうしたくないのだろう。
何をどうしたくないのだろう。