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邯鄲之夢

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サンシャインシティの近くのコンビニで、新作のティラミスを買った。210円。
もう少しだけ金額を足して、何処かでケーキを買った方が美味いことは臨也だって知っていたのだけれど、住居のある新宿で買うにはいささか面倒であったし、時間が遅かった。何よりそこまでして食べたいものでもなかったから、目に付いたコンビニにふらりと立ち寄ったのだ。妙に肩の凝る仕事であったから、甘いものを摂取したい気持ちになっていたのである。
そのサンシャインシティに程近いコンビニから臨也は駅方面へと足を運んだ。
普段ならば臨也が池袋を訪れれば、ここに拠点を構える平和島静雄と派手な殺し合いが始まるのだけれど、今日は静雄の仕事が忙しいのか時間が遅いからか、静雄に臨也の居場所がかぎつかれることもなかった。念には念をと、臨也は人通りの極端に少ない裏路地を選んで足を勧めた。
彼の相手はごめん被りたかった。買ったティラミスが駄目になってしまうのは臨也としては避けたかったのだ。何せそれなりにしっかりと相手をしなければ、本気で命を落としかねない相手である。
静雄に見つかる前にさっさと帰宅してしまおうと、勝手知ったる路地臨也はコンビニの袋を片手にぶら下げて、軽い足取りで歩いていた。
駅前出るには少し遠回りになる通りの角を曲がったところで、臨也の足がとまる。
まばらに輝く外灯の下に。金色の髪をした男が一人うずくまっているのが見えた。足元には缶ビールが数本、それから根元から引きちぎられた痕が生々しい標識が無造作に転がっていた。
いつでも逃げ出せるようにと身構えていた臨也は、これだけ近づいているにも関わらずぴくりとも動かない静雄に拍子抜けして身体の力を抜いた。
恐る恐る静雄の傍に近づいていってもうずくまった人影は動かない。無反応な静雄があまりにも不気味で、臨也は好奇心も露に静雄の目の前まで足を進めた。
「シズちゃん?」
もしかして寝てるのか、と臨也は静雄に声をかける。近くに転がった標識を足で遠くへと押しやることは忘れない。後ろへと蹴った標識がコンクリートにぶつかって、ガランと音を立てた。ついでに思いのほか重かった標識を蹴った踵がじんじんと痛んだ。ああなんか失敗したなぁと考えてももう遅い。明日は少し腫れてるかもしれないなぁと臨也は頭の片隅で考える。
ガラガラという音に反応して、静雄の指がぴくりと動く。
「……ノミ蟲」
臨也の方をチラリと見ることもなく、静雄の顔は腕の中に埋もれたまま、返事だけが臨也へと返される。
くぐもった静雄の声に臨也は眉を寄せた。これは、なんだか、調子が狂う。
「どうしたのシズちゃん」
標識と静雄の間を遮るように立って、臨也は静雄を見下ろした。静雄の方が臨也より背が高いから、この景観はなかなか新鮮だった。これだけ近くで静雄を見るのがそもそも久しぶりなのだ。高校以来かもしれない。そういえば、あのころはまだもう少しまともに会話をしていたような気がする。完全に仲が悪化したのは、自分が新宿に拠点を移したときだったか。けれどそのころにはもう、臨也と静雄の間には死んでくれとか死ねだとか、そういう言葉しか飛び交っていなかったかもしれない。
静雄のつむじを見下ろしたまま、手持ち無沙汰になった臨也はコートが地面に着かないように注意しながら、ゆっくり腰を下ろした。相変わらず顔をあげようとしない静雄と同じ位置までしゃがみこめば、手にぶら下げていたコンビニのビニール袋がガサガサと音を立てた。
「シズちゃん?」
「うるせぇ」
「何、一般人に怪我でもさせたの」
「うるせぇ」
「あ、図星だ」
「うるせぇつってんだろ!!」
勢い良く顔を上げて、静雄の腕が臨也の胸元を引き寄せてギリギリと締め上げる。
「ちょ、シズちゃん、苦しッ…!」
いつもどおりの静雄の反応に、臨也の頬を冷や汗が伝う。けれどようやく飛び出してきたそれに、臨也は同時に胸をなでおろした。いつも通りの静雄が居なければどうにも調子が狂う。静雄は、といえば直感だけで伸ばした腕に捕まってきた臨也の、あまりの近さにぎょっと目を見開いた。まさかこんな至近距離に臨也が居るとは思っていなかったのだ。
臨也と同じように、静雄とてこんなに近くで臨也を見るのは久しぶりである。高校以来か、と静雄もまた臨也と同じことを考えた。臨也の顔は幾度も見ているがこんなに近くで見た記憶など彼方へと押しやられている。
臨也は素早いから、こんな風に静雄が臨也を捕らえるようなヘマは中々犯さなかったせいでもある。あと数センチ近づけば、唇が触れ合うようなそんな距離だ、とふとそれに気付いた静雄の頬がみるみる赤く染まった。
元々、アルコールを摂取してほんのりと赤く染まっていた静雄の頬が茹蛸のように染まっていくのを見て、あわてたのは臨也の方である。
「ちょ、ちょっとシズちゃん、自分でしといて照れないでよ」
「誰が!」
「シズちゃんに決まってるでしょ。こっちまで照れちゃうじゃない」
臨也の白い頬も、静雄と同じようにうっすらと赤く染まっている。吐き出す吐息までもが相手に掛かって、どうにも落ち着かない。臨也が静雄の手を掴めば、静雄はあっさりと手を離した。あまりに近い距離に耐え切れなくなったのだ。
無理やり前のめりになっていた臨也の身体が、自由になったせいでぐらりと揺れた。倒れないようにと足に力を入れれば、その拍子にぶつけた踵がじわりと痛んだ。
ああこれは本当に失敗したかもしれない、そう思いながらもとりあえず痛みは見なかったことにして、臨也はバランスを立て直す。帰りに新羅のところによるのを忘れないようにしよう、と臨也は脳内のスケジュールを少しだけ書き換える。
しかしこれはどうしたものだろう。屈み込んだ臨也も、引き寄せた静雄も、いまさらどうにも具合が悪くていけない。
普段とまるで違うことをお互いしてしまっているのがわかるのに、どうにも収集がつかなくなってしまっている。
ああ、まずいなぁと相手が考えていることも悲しいかな、お互いにわかっていた。
どうにも気まずくお互いに視線を彷徨わせていたものの、ガサガサと音を立てたコンビニの袋に臨也の視線が止まった。
「あー…シズちゃん」
「…あ?」
手にぶら下げていた袋を手に持ち替えて、ガサガサと袋の中を漁り始めた臨也に気付いて、静雄もそちらに視線を移した。
「仕方がないから、これあげるよ」
俺って優しいよね!そう嘯きながら、臨也が取り出したのは、先ほど臨也が購入した安いティラミス。
「…は?」
「落ち込んでるシズちゃんにプレゼントだよ」
食べる気なくしたからあげるよ、感謝してよ、いつもの軽口をたたく臨也に、俺はゴミ処理屋じゃねぇぞと静雄が返す。
「だってシズちゃん甘いもの好きでしょ?」
「何で知ってる」
「それは素敵で無敵な情報屋さんだからだよ」
そのまま、ずい、と臨也が差し出した手のひらの上に乗ったケーキに、目を見開いて、もう一度「は?」と呟いた。
「あ、ちゃんとスプーンもあるよ」
ガサガサと袋の中からそれも取り出して、ティラミスのケースの上に乗っけた。
「はい」
「……はぁ?」
作品名:邯鄲之夢 作家名:水瀬夕紀