邯鄲之夢
いがみ合ってる二人の間にケーキ。至近距離で目の前に差し出されたままのそれの違和感がどうしてもぬぐえぬまま受け取るのをためらっていると、もう一度ぐい、と押し付けるように静雄の目の前にそれが差し出された。
恐る恐る受け取って、ケーキを目の前まで持ち上げる。
「何か盛ってんのか」
「え、なにそれ酷いなぁ。…正真正銘さっき買ったものだよ」
「……テメェ、気持ち悪ィ」
「あっは、酷いなぁ」
「何かたくらんでんのか」
「いくら俺でも、シズちゃんが今日ヘマして、こんなとこで落ち込んでるなんてわからないよ?」
「……」
未だ疑うようにティラミスのケーキを検分してる静雄に、臨也は小さくため息をついた。
「あ?」
「あー、ほら、シズちゃん、HAPPY UNBIRTHDAYって、アリスが言ってたしさ」
「…アリス?」
「そう、アリス。『なんでもない日おめでとう』って歌詞があるんだよ、だから」
臨也のいつもの饒舌にどこか違和感を覚えて、静雄はまじまじと臨也の顔を覗き込む。座り込んでる静雄がしゃがみこんでる臨也の顔をしたから覗き込むものだから、臨也はごくりと喉を鳴らした。
「で?」
「ケーキはお祝い事のしるしだからさ、喧嘩もお休みでいいかな、と」
臨也は珍しく語尾を濁した。自分でも少し苦しいかなと思ったけれど他に理由になるものが何もなかった。そんな苦しい理由をつけてまで何故こんなことをしているのだろうかと自分でも不思議に思ったけれど、話し始めてしまったのだからいまさら後には引けない。
声なんか掛けずに帰ってしまえば良かったのかもしれないと少し思ったけれどそれも今更だ。
納得したのかしてないのか、へえ、とだけ言って静雄はティラミスのケースを止めているテープをびりびりとはがし始めた。ぷちんと音がして、簡易スプーンの封を開ける。
食べ始めようとしているのを見て、臨也はずるずるとしゃがみこんだまま静雄の横に移動した。ぎょっとしたような顔を静雄がしたのを見たけれど、このまま正面にしゃがみこんでいる方がずっとおかしいように思えたのだ。
ティラミスと一緒に買った安い缶コーヒーを袋から取り出して、転がっていた空き缶を空になったビニールに押し込んで、静雄の隣に腰を下ろした。そのまま、手持ち無沙汰に蓋と袋を持っている静雄にゴミ袋と化したビニールを差し出す。
静雄がゴミを突っ込んだのを確認してから、臨也はぬるくなった缶コーヒーのプルタブを開けた。
臨也が腰を下ろしたのをどこかやはり解せない表情で眺めながら、静雄は大人しく臨也の渡したティラミスをつつき始める。
何をしているのだろうと相変わらず思いながら、臨也はぬるい缶コーヒーを舐めるように口に含んだ。思いのほか乾いていたらしい喉に苦いコーヒーが滲みる。
静雄が黙々とティラミスを掬って口に運ぶのを眺めながら、こんな良くわからない理由を作ってまで何をしているのだろうとか、そんな馬鹿げた理由でもなければもう隣に座り込むことも出来なくなっていたのか、とかそんなことをぼんやり考える。
そして今日が終わったら、また自分と静雄は殺し合いをするのだ。