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【鬼道さんと宿題くん!】

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 打った頭を抱えて円堂は自分の行動の愚かさを後悔する。
 痛みが引いてくるのと彼の唇が尖るのが反比例する。
「あーあ。今頃皆サッカーしてるんだろうなー。いいなー……」
 呟きを聞く者は現在この部室には居なかった。

 円堂に与えられた罰は至極シンプルだ。



 一人で、誰にも教えを請わずに宿題を終わらせること。
 しかも、その間サッカーは禁止。



 それが夏未の出した罰だった。
 自身にとっては極刑に近い内容に最初円堂は抗議の声を上げた。しかし、それは当たり前に一蹴された。――「絶対に出来るから、もし出来なかったら何でもするって言ったのは自分でしょ!?」鬼のような形相をした夏未に円堂だけでなく他の部員も身の危険を感じた。
 今回ばかりは円堂が悪い、と部員からも言われてしまい、こうして円堂は泣く泣く部室に籠もらされていた。
 文字通り泣きそうになりなっている円堂の耳に扉が開く音が聞こえた。
 誰だ? と机から顔を出せば鬼道が立っていた。


「――少しは反省したか?」


 あの日と同じように嫌味を込めた言葉と共に鬼道は口角を上げた。そして、あの日と同じく円堂は嫌味と気付かない。
「鬼道! お前練習はどうしたんだ?」
「お前がちゃんとやっているか気になってな。ほら、春奈から差し入れだ」
 ドリンクを手渡され、円堂は笑顔で受け取った。机の上を見れば、最初に用意されていた飲み物は既に残っておらず、春奈の読みが正しかった事に鬼道は笑みを零した。
「サンキュー!」
「で、調子はどうだ? 進んでいるか?」
「んー、一応国語と英語は終わったんだけど、数学がなー」
 気まずそうに頭を掻く円堂。
「大体は予想していた」
 そう言った鬼道は椅子を引き寄せ、机に向かった。
「ほら、お前もちゃんと座れ」
 何をするつもりだ、と円堂が首を傾げて問えば鬼道は「さっさと終わらせるぞ」と言った。
 驚いた円堂はぐいっと顔を近づけた。
「な、何だっ?」
「それはこっちの台詞だっ。どうした、鬼道!? 熱でもあるのか!?」
 更に顔を寄せて熱を計ろうとする円堂に鬼道は慌てて止めに入る。
「熱なんかないっ。だから、顔を寄せるのを止めろっ」
「でも、あ、ほら顔赤いぞ。やっぱ熱が」
「くどいっ!」
 平手で円堂の顔を思い切り突っぱねる。衝撃に円堂は「ぐえっ」と声を上げた。
 鼻息を荒くし、鬼道は体を反らした。
 顔を擦りながら円堂は非難の目を向ける。
「だって、鬼道が柄にもないことするから……」
「どういう意味だ?」
 チラリと横目で円堂を見る。
「夏未に誰も手伝ってはいけません! って言われてるのに、それを鬼道が破るなんて変だと思うだろ」
「……」
 押し黙ってしまったのは鬼道にもその自覚は実はあったからだ。

 今回の出来事は円堂に非があることは誰の目にも明かだった為、助けたいと思いつつも誰も声をかけることはしなかった。
 円堂に普段から甘い部員がそうであるのに、まさか鬼道が真っ先に夏未の言葉を裏切るとは誰も思わない。
 別段鬼道は特別規律に厳しいわけではない。しかし、悪い事は悪い。良い事は良い、と円堂を誰よりも甘やかす事をしない。
 そんな鬼道が、自覚を持って円堂を甘やかすなど。

「……別に深い意味は、ない」
「そうなのか?」
 立ち直った円堂は再び鬼道に寄ると顔を覗き込んだ。
「ただ……」
「ただ?」
 純粋に訳を知りたいのだろう。その無垢な瞳に鬼道は弱かった。一つの言葉で自分の全てを預けたくなるような、甘えてしまいたくなるその目が。
 自身のプライドと円堂の瞳の間で揺れ動く心は次第に傾いていく。


「お前がいないゴールは……心許ないから」


 鬼道は思う。自分が甘いわけではない。円堂が自分を許してくれるから、手を差し出すことが出来るのだと。


「皆、お前がいないと調子が狂うみたいだから」


 繋げる言葉は徐々に鬼道の心を吐露させる。



「――俺はお前とサッカーをしたいんだ」



 それは円堂にとって最高の誘い文句であり、口説き文句だった。
 一気に表情が明るくなった円堂は「鬼道!」と叫び、その体に抱きついた。
「な!? え、円堂!?」
 裏返った声を上げた鬼道は動転し、体を硬直させる。
「鬼道! 俺、絶対今日中に宿題終わらせるからな! そしたら、一緒に思いっきりサッカーしような!」
「あ、ああ」
 兎に角落ち着け、と円堂を引きはがそうとする手をものともせず、にかっと歯を見せて笑うと鬼道の出した額にちゅっと可愛らしいキスを落とした。





 帰りが遅いと様子を見に来た春奈が目にしたのは白目を剥いて気絶をしている兄の変わり果てた姿だった。