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消失するインディゴ

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今日も今日とて静雄は終わりのない殺し合い、もとい追いかけっこの後、切れた息を吐いて屋上に寝転んでいた。
錆びついて壊れたフェンスと、給水塔だけの影が落ちる、ところどころ年月を感じさせる染みを残した屋上には、今は静雄だけしかいない。
今日は三十人か、そこら。数えることもしないから正確な人数は分からないが、一通り暴れた後に臨也を追いかけたので体力は限界に近かった。その上この暑さだ。
真上から照りつける太陽と、狂おしいほどのインディゴブルー。額から流れ落ちる汗が眼に入り視界がゆがんだ。あちぃ、と誰に言うわけでもなく呟けば、そりゃ、夏だから。とどこからともなく言葉が帰ってきた。
言葉の主は分かっている。わかっているからそれに対して返答もしなかった。睨む視線だけを屋上の扉の方に向けると、真っ黒に区切られた扉の向こう側から、やっぱり黒い男が現れた。
男は口元に神経を逆撫でするような笑みを浮かべて歩いてくる。今日、昼休み中を使い散々追い回してやった男だった。

「何寝転んでんのさ、」
「うるせぇ。見逃してやるからっとっとと失せろ。殺すぞ。」
「あーあ、ほんとに物騒だよね、シズちゃんってさ。」

臨也はそう言いながらナイフを手の内でもてあそび、くるっと切っ先を静雄の方に向けた。寝転がる静雄は、投げつけた言葉とは裏腹にそんな臨也をただ無感動に眺めている。
静雄は切れやすく怒りっぽいがそれはあまり持続しない。マックスまで跳ね上げられたボルテージはいったん振り切れると嘘のように沈静化するからだ。三十人抜きを見せ、さらには臨也を追いかけまわした静雄の中で、体力とともに怒りのボルテージはゼロの近くまで引き下げられていた。
臨也は、そんな静雄に向けていたナイフを溜息とともにしまうと、何を思ったか大の字に転がる静雄のそばに屈みこんだ。

「寄るんじゃねぇ」

臨也は黙ったまま静雄の顔を見下ろした。こんなに暑いと言うのにどういうわけか汗をかいていない、青白い顔をした臨也を静雄は珍しいものでも見るような目つきで見上げた。
突いただけでも死にそうな顔色だと静雄はそんなことばかりを思いながら、三日前にぶん殴ってやった時に(正確にはよけられたから掠っただけだったが)付いたんだろう額の切り傷が、瘡蓋によってふさがれているのを確認した。ああ、まだ治っていないのかと、暑さにやられた頭がぼやいた。
まじまじと臨也の顔を見る機会などなかった静雄がそうして改めて臨也の目の赤さを確認していると、不意に臨也から伸びてきた手が汗の伝う首もとをなぞった。整えられた爪がいくら喉笛を引き裂こうとしてもできないことは分かり切っているから、静雄はそのままにしておいた。珍しく臨也は珍重な面持ちで、静雄はそれを眺めていることに集中していたという理由もある。

「シズちゃんって、何でこんなに暑苦しいんだろうね。」
「…殺すんじゃねぇのかよ。」

喉元に猫のように爪を立てた臨也を揶揄するように言えば、臨也は不機嫌そうに眉根を寄せた。つまらない、とでも言いたげな表情だ。
静雄はその腕を払い、口端をあげて挑むように笑って見せる。それはさらに臨也の不興を買ったようで、不機嫌そうに寄っていた眉が少しばかり跳ね上がった。喉をたどっていた手が不意に襟首をつかみ上げる。そのまま二十センチほど持ち上げられて、臨也の顔が近づいた。不思議なことにそれでも静雄の中で臨也をぶん殴ってやろうと言う気はおきず、珍しく不機嫌をあらわにする臨也を物珍しく観察する静雄がいた。不機嫌そうに顔を歪めたまま、雄弁でうっとうしい臨也とは思えない寡黙さで顔が近づいてくる。

「今日はあついから、」

あと数センチ、触れ合うか触れ合わないかという距離で臨也はそれだけを言った。
それだけを言って、すぐに襟首から手を離し振り返ることもなく屋上から出て行った。
取り残された静雄は無感動にその背を眺め、寝転んだまま溜息を吐く。

この場所はとてもとても暑い。


***


或る日だ。その日もやはり喧嘩に明け暮れ、一息ついた直後、やけに静かで淡々とした感情のまま暗い夜道をたどり帰路に着いた時のことだ。
随分と遅くなってしまったから、細い路地裏の迷路のような裏道を近道にして歩いていると、暗闇からにゅっと伸びてきた手に腕を取られた。
何だ、と思いそちらを見ると、散々見慣れた赤い眼が二つ、ギラリと獲物を捕るネコのように細まっていた。

「手を離せ。」

いまさらもう一ラウンド喧嘩などしたくなかった静雄は、できるだけ苛立ちを表に出さないように低くつぶやいた。日は暮れているとはいえ、ゴウンゴウンとエアコンの室外機が唸る路地裏は蒸し暑い湿気ばかりを閉じ込める。温度の落ちた熱風が通り抜け、静雄はただ眼を細めた。けれども臨也はそれでも手を離さなかった。何の意味があって腕を掴んだのか、臨也が考えていることを静雄がきちんと理解できたことは少ない。だから、静雄は掴まれるまま臨也を見下ろしていた。

「ねえ、シズちゃん」

臨也は囁くように呟く。ついでに掴まれていた腕をひかれたので、体が臨也の方へと傾いた。おい、と苛立った静雄が腕を振り払おうとしたところで、首もとにぞっとするほど冷たい臨也の腕が巻きついた。そのまま首をホールドされ、がっちりと後頭部を掴まれる。気づけば、変な体制のまま意図も分からないまま口内を貪られる結果となった。
静雄は特異体質のため近づいてくる人間が極端に少なく、だからこういう経験ももちろんほとんど無いわけで、いきなりのことに眼を白黒させた後はただ溺れるばかりだった。
冷たい臨也の手がある首筋からじわりじわりと熱が這いあがってくる。もともと暑さでどうにかなりそうだったのが、さらにドロドロになるようなそんなしびれが、体中にゆっくりと広がっていく。口の中を蹂躙され、歯列をなぞり、奥へと逃げる舌を絡みとられては、鼻から上ずった変な声が漏れる。口端をたどっていく唾液が汗と混ざってシャツに染みを作り、まともに息ができない静雄は半ば酸欠状態に陥り膝をがくがくと震わせた。両手を背後の壁に付き、しかしそれも限界に近づいた時ようやく臨也は静雄を開放し、はあはあと呼吸を繰り返し地面にへたり込んだ静雄の腕をもう一度つかんだ。濡れた口を片手でぬぐい、にやりと眼を三日月型に歪め、そしてそのまま静雄を引っ張り上げ無理やり立たせると、ぐらりと揺らいだ静雄の首筋に、力加減もなく歯を立てた。

「今日はあついから、」

首筋に顔をうずめた臨也はそう言った。今その時のことを思い返しても、何でその言葉に流されたのか、どうしてそこで臨也を殴り飛ばさなかったのか、静雄にはわからなかった。熱帯夜と呼ぶのがふさわしい夜、強くもない力で腕を掴まれてよくわからない場所へ静雄は連れて行かれた。どれくらい歩いていたかなんて静雄の頭にはなく、頭一個分下にある臨也のつむじが右回りだということをなんとなく気にとめて、それであっという間にカビ臭いベットの上に放り投げられていた。
お互い制服のままで、けれども、血と埃と汗とその他いろんな匂いが混じりあうのも気にならないくらいに、そしてそのせいか、静雄は切れることもなくいつまで経ってもぼんやりとしたままだった。
作品名:消失するインディゴ 作家名:poco