気にもとめない
「とうちゃく、しました。まって、ますね。み、かど。と」
送信ボタンを押して携帯を閉じる。
10分待てば会えるというのに、待ち合わせ場所についたことを知らせるメールをわざわざ送るのは、早く会いたい気持ちからだ。
会って、その胸に飛び込んで、頭を撫でてもらって、話して、キスをして、ご飯を食べて・・と今後のことを考える。
それだけで頬が簡単に緩んだ。
幸せな気持ちで座っていると、ジャリ、と地面を歩く音。
「あ、しず」
おさん、と続けるはずの言葉はぴたりと止まった。
「よぉ兄ちゃん暇そうじゃねぇか」
静雄とは似ても似つかない別人だったからだ。
ニヤニヤと煙草のヤニで黄ばんだ歯を見せながら笑う男。
どうみても不良です、という看板を背中にしょっていそうな風体だった。
内心で(うわぁ・・)と思いながらも帝人は控えめに告げる。
「あ、いえ待ち合わせなので・・・すみませんけど」
「おー?んじゃ早めに済ませるかなぁ、おい、金出せよ」
ものすごく直球な言葉に、はぁっと帝人はため息をついた。
こういう馬鹿に絡まれることは少なくないとはいえ、面倒なことに変わりはない。
男は帝人のため息に腹が立ったのか、目を凄ませて顔を近づける。
その手にはナイフがあった。
「あんま俺怒らせないほうがいいぜー?その可愛い顔傷つけたくねぇだろ」
「それはそうですね、静雄さんが怒っちゃいますから・・・というか、もう怒ってますね」
「あ?」
ピタピタと頬にナイフが当てられる。
臨也さんのナイフよりは切れ味悪そう・・と思いながら、帝人は男の手ごとそっとナイフの柄を握った。
まさか凶器を持っている手を掴まれるとは思っていなかった男は「はぁ?」と声を上げる。
帝人は本日何度目かになる笑顔を作り「すみません」と男の肩越しに告げた。
「僕の顔、危ないので、先に手首折ってもらっていいですか?」
「・・・任せろ」
えっ?と声を上げた男の背後から、別の男の腕が伸びてくる。
袖口までシャツに包まれたその腕が、帝人が握る男の手首を掴む。
まるでコップを握るかのような簡単な所作で掴んだ手首が、バキンと音を立てた。
ぶらんと力なく垂れ下がった手からナイフがこぼれおちる。
一瞬男は何が起こったのか理解できなかった、が次の瞬間すさまじい痛みが手首を襲う。
「う、うがぁぁぁああぁっ!?」
「っち、うるせぇな。騒いでんじゃねぇぞ」
手首を握る手とは反対の手が、痛みに喚く男の頭を掴む。
みしりと頭蓋骨が嫌な音を立てた。
その音と痛みに、手首と同じ状態にされるのではという恐怖と不安で、さらに男は喚き声を大きくする。
「うわぁぁぁあっ、な、なんだよ、なんなんだよこれぇ!?お、お前・・!」
頭を掴まれているせいで背後を振りむけない男が疑問をまき散らす。
恐慌状態になっている男を気にすることもなく、ベンチに座ったままだった帝人が嬉しそうに
「ありがとうございます静雄さん。助かりました」
ペコリと頭を下げる。
静雄、という名前に、男は脳裏に一人のバーテン姿を思い浮かべた。
まさかまさかまさかっ!と脳内で叫んでいたが、それを声にする余裕はなく、また叫べるほどの時間もなかった。
「おう、待たせて悪かったな。無事でよかった」
そう言って笑った静雄が、男の体を片手で頭を掴んだまま後ろに放り投げたからだ。
悲鳴も上げないまま男は20mほど後ろの植え込みに頭から突っ込んでいった。
男の行方も見ないまま、静雄は目の前の可愛い恋人の頭をぐりぐりと撫でる。
その感触に目を閉じて笑う帝人の姿に心底癒されながら、静雄は片手でベンチから掬い上げるように帝人を抱き上げた。
片腕に座らせると、帝人の腕が自然と静雄の両肩に回される。
きゅっと首に抱きつくと
「会いたかったです、静雄さん。大好きです」
その甘い声にサングラスの奥の瞳を柔らかく緩ませると、静雄は帝人の額にキスを落として
「あぁ俺もだ・・・愛してる」
とびっきりの声で耳元に囁きかけると帝人の頬が真っ赤に染まる。
その表情に満足して、静雄は長い足を活かして早足で自宅へと向かった。
可愛い可愛い恋人と、約束通りの甘すぎる時間を過ごすために。