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limited instinct

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 ただそれだけは声に出して言いましょう。
 あなたがいてくれてよかった、と。


*


「姉さんの言葉には重みがないわ」
 出会い頭に出鼻を挫かれた。
 おなじみのジト目――もとい、目尻を下げているわりには頬は緊張したままで眉もすこしばかり顰められており加えて半分おろされたまぶたがいかにも不機嫌そうな印象を演出している表情を向けられて、ウクライナは半歩だけあとずさった。といっても怖かったわけではないし、ベラルーシも威嚇しようとしたわけではないのだろう(ここには弟がいないのだから、する意味もない)。視線を宙にさまよわせたのち、小さなため息が零れた。
「とりあえずそこで突っ立っていないで中に入ったら?」
「うん。あ、これおみやげ、じゃなくて、誕生日プレゼント」
 再び、ため息。
「無理すんな」
 いつものぶっきらぼうな返事のあとに袋はきちんと受け取ってくれたので、安心して後ろについていった。
 誕生日というには創られてからの時間があまりにも短い祝日を、しかし独立記念日と呼ぶのもなにかわざとらしい気がして、結局ウクライナはまわりにはすきずきに言わせておいて自らは微笑を浮かべることに精を出した。会えない弟のことも、会いたがってくれない妹のことも忘れて、不思議な感覚をじっくり味わった。それが昨日の出来事で、今日はベラルーシの番、というわけだった。
 妹にとっては気まずい一日なのだろう。想像はしていたので寄り添ってやりたいという衝動もすこしばかりは存在したものの、夜ひとりになり窮屈なよそ行きを脱ぎ捨てたあと、ウクライナが思い付きを実行に移すと決めたきっかけの大部分はむしろただの野次馬根性だった。だって、一番最初を除けば、今まで一度も行ったことないんじゃない?と彼女は自分自身に問いかけてみた。驚くべきことに質問は肯定された。公式でも非公式でも誕生日に訪ねた経験はなかった。
 もっとも今のところ、ベラルーシはまだウクライナの好奇心には応えていない。服装は普段用のワンピースだったし、侍従を思わせる髪飾りやりぼんはつけていなかったし、紅茶を入れるために袖を乱暴にまくったから出かけるつもりもないのだろう。街中にこそお祭気分が蔓延していたものの、姉の突然の来訪に戸惑い・反発する表情を見せた一瞬以外はまったくの平静が保たれている。小さなリビングに通し、ウクライナをソファに座らせ、今は流し台の前にいる後ろ姿の肩あたりに注目してはみたものの、そこがいきなり震えだしたりするような気配もない。
(そりゃあ、ロシアちゃん相手くらい動揺されても困るんだけど)
 あれを動揺と呼べるかどうかは兎も角、見ていて決して気分のよいものではない。そのうちティーセットと焼き菓子とジャムの乗ったトレイが目の前に置かれ、姉のほうを見ないままでベラルーシが並べ終えたところで、彼女自身もソファに腰かけて紅茶を注いでくれた。最低限のおもてなしはしてもらえるらしい。
「ありがとう、ベラルーシ。あ、プレゼントのジャムもいっしょに食べようよ。おねえちゃんが開けてこようか」
「いいえ、けっこう」
「遠慮しなくてもいいのよ?」
「お茶を飲んだらすぐ帰れ……と言えば、分かるか?」
「わ、分からない、かなあ」
 血も凍るような一瞥を投げ付けられた。
「ええ、そ、そうね。お茶を飲んだらすぐに帰るわね。ベラルーシも忙しいだろうし、」
 動揺する妹が見たかったはずなのに何故かこちらが動揺させられてしまっている。手渡されたティーカップとソーサーががちゃがちゃと耳障りな音をたててウクライナのなけなしの思考力を掻き消してゆく。帰りたいのか帰りたくないのかも分からず、なんとか紅茶を一口飲み、焼き菓子を食べ、やはり弟でないとだめなのだ、と考え、今日はじめて頭の中で、弟と妹の姿を並べた。
 弟に会えない日々の中で、ウクライナはいつの間にか妹の姿から弟の気配を嗅ぎ取る術を身につけてしまっていた。といってもそれは別段難しいことでもなんでもなかった。彼女が昔の傷口のようにかばう場所は彼が触れた場所で、彼女がときどき無意識のうちに触れる場所は彼の視線が通り過ぎた場所である。その道筋を辿り、弟の混乱に苦笑し、深雪のように白くなめらかな頬を見つめる。夜明け前の空のように靄のかかったラベンダー色の瞳を見つめる。ウクライナにとってはいつまでも見飽きない、こんなときなのに素直にきれいだと見蕩れてしまう全て。弟が避けて通ろうとしているもの全て。だから妹は、何も気付かない。
 そんなところが可愛らしくて、すこしだけ距離を縮めてみた。そして再び紅茶を口にする前に、弾かれたように立ち上がった。
「ベラルーシっ!!」
「なっ、なに……?」
「ごめん、ごめんね、おねえちゃんちっとも気付かなかったわ」
 このあとロシアちゃんがくるんでしょう、とウクライナは半ば叫ぶようにして言った。そうよ、そうに決まっているわ。それなら結われていない髪も、普段のベラルーシは姉に対してはもっと無関心だ。髪をまとめていない理由も、普段着でいた理由もこれで説明がつく。つまり、なにもかもこれからだったのだろう。
「お茶が終わってからなんて言わずに、おねえちゃんすぐにでも帰るから。ジャムも持って帰るから。あっ、でもそのジャムはロシアちゃんが好きな味だったから、残しておこうか?」
 慌ててソーサーを置き、ウクライナはそれじゃあ、と踵を返そうとする。
 そうしようとしたのだが。
 振り返ったベラルーシはやはりウクライナを見ようとはしなかったが、間髪おかずに姉の手首を掴んで引き寄せた。痛いくらいの力が込められる。ウクライナは何かを言おうとしたが、それよりも先に乾いた音が部屋に響き、遅れてじんわりとした痛みを頬に感じた。
「座って」
「あの、ベラルーシ……」
「黙って座れ。それからわたしの話をちゃんと、黙って聞け」
「……うん」
 頷いて従うよりほかない。しかしベラルーシの指を手錠のように絡みつかせたままでウクライナが座ってからも、しばらくの間は沈黙が流れ、ウクライナがぶたれたのだ、と気付いたころ、ベラルーシが息を吸っだ。
 ぶたれたのだ。ウクライナを掴まえていなかったほうの左手に、右頬を。平手打ちをされたのだ、と言い換えてみてもその異常性は消えない。彼女はウクライナをどんなふうにも出来たはずなのに、頬の痛みはもう、ただの熱の中に消えつつある。
「姉さんは、論理的な考え方を身に着けたほうがいい」
 とベラルーシは言った。そうして彼女はソファに背中を預けて目を閉じ、ウクライナから離した手をそのまま指に絡ませて、
「兄さんが来るはずないじゃない」
「でも」
「でも、なんてない」
「でもね、ベラルーシ」
「兄さんは来ない。そんなことは分かっているんだ」
 そして再び、沈黙。
「なんでもない一日だったのに」
「おねえちゃんにはそうでもなかったよ?」
「昨日のことを言っているのなら、お門違いというものだわ。それくらい姉さんにだって分かっているはず」
 指に力がこもり、ところどころ当たった爪が刺さりそうになる。
「それとも、説明が必要?」
 否定する代わりにウクライナもまた指に力を込め、自分も目を閉じて首を横に振った。
作品名:limited instinct 作家名:しもてぃ