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このまちにこのちかくに

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 取りたい本は陳列棚の一番上にあった。
 脚立は・・・・・・、キョロキョロしてみたけど、見当たらない。これって僕に対する挑戦かなヨーシ、なぁんて思いながら背伸びした。
 うーん届かない。
 スニーカーの爪先でジャンプ。ずらっと並んだ背表紙たちの、目標物の一冊にタッチしたけどすとんと着地した。本屋さんでこれ以上豪快に跳ねるわけにもいかないし。
 やっぱりお店の人に頼もうって、ラストもう一回背伸びする。上体は反らないように、背中の延長上に腕を上げる、背筋もぐーっと伸びるのが気持ちいい。爪先立ちの重心から頭へ一本の芯が突き抜ける感じ。このままぐんぐん、ずっと高く、届けばいいんだけど。よい、しょ。
「これか?」
 僕が手を伸ばした先に、僕ではない別の手の影が重なった。
 かけられた声と一緒に背後からふわっと誰かの体温が迫る。
 誰なのかはすぐわかった。
「木山さん!」
 ぱって背後を振り返えると、間違いようなくやっぱり木山さんだった。
 僕と木山さんの家はけっこう近い。近いようだ。僕んちの銭湯に部活帰りみんなお風呂に入りに来るけど、僕は木山さんの家には行ったことないので正確には知らないんだけど。でも帰り道の方向は一緒で、こうやって部活の関わりがない時に偶然出会ったりしちゃうのも今回が初めてってわけじゃなかったりしてる。
 本棚に手を伸ばした僕の背後から現れた腕にブレスレットがまず目に飛び込んで、だから突然の気配に何者なのか脅えはしなかったけど、タイミングにびっくりして振り返えるのにぐるんって勢いがあった。そしたら目の前いっぱい木山さんの胸の中で、またもやドッキリした。至近距離ですっ。
 僕の前にある本棚へ僕の後ろから手を伸ばしてくれたんだから当り前の形だったけど、まるで僕を囲むような感じになっている。ガクランじゃなくてTシャツ姿だったから尚更なんだか肌をすごく近く感じてドキッとしてしまった。
「ど、どうしたんですかこんなところでっ? 偶然ですねっ!」
 胸が高まったまましゃべったら、普段でさえ舌足らず気味の僕の舌はもっとコロコロ転がるようになった。裏返っちゃったかも声っ。なんだか必死ですッみたいになっちゃった。
「いや、別に、本屋くらい現れておかしいか?」
 木山さんはくっと笑った。しまった笑われてしまった、これはどう見ても僕の様子がおかしかったから噴き出したんだ。
 でもまあ、いいかと思う。
 木山さんが笑顔を見せると僕は嬉しい。嬉しくなる。
 以前はほとんど笑うのも少なかっただろう木山さんが、新体操部に入部してからは笑顔の量もぐんと増えたんじゃないかなって思うんだ。それはとっても、嬉しい。
 木山さんの笑顔を作る一端になれるならば、まあいっか、という気がする。それが笑わたようなことでもさ。うんまあ、ちょっとイヤだけど、カッコ悪いなって思うけど、それはそれ、これはこれとして、ま、今はいいや。
 木山さんの笑顔を見たらなんだか落ち着いた。
 その手の中に、僕が求めていた一冊の本。ああお礼を言ってないよ僕ってば。迫っていた木山さんとの距離をぴょんと退いた。頭を下げれる位置だ。
「ありがとうございます」
「これでよかったか?」と確認を促す。しっかりと律儀でいい人だ。
「はいっ。それが取りたかったんです。助かりましたっ」
 微笑しながら木山さんは僕に本を差し出してくれた。今度の笑顔は僕に対して『良かったな』って言ってくれてる笑顔だ。本が手に入って良かったなって。
 親切を施してくれたことを強調するんじゃなく、ただ僕の助けになって結果僕が喜んでいることへ喜んでいる表情。僕は木山さんの押し付けがましさのない純粋さがまた嬉しくなって「ありがとうございます」ってもう一度言葉にしながら両手に受け止める。
「頑張ってるな、マネージャー」
 本は『スポーツする肉体のためへ』というタイトルだったため、木山さんは労いと一緒に手渡してくれた。
「ええ。僕に出来ること、なんでもしようと思うので」
 僕がそう言うと木山さんは、シンプルな言い方だけどとても信頼のこもった言葉をくれた。
「頼りにしてる」
「はいっ」
 この言葉に応えるマネージャーになりたい。
 木山さんは本屋に立ち寄っただけだと言い、僕が会計を済ませて共に帰ることになった。
 店を出ると辺りは暗くて、二人でこうして並んで歩くのは平日いつも部活帰りみたいだ。なんなら僕んちの銭湯に行きますか、なんて言うと、そうそういつも世話になれねえよと木山さんは言う。律儀な人だ。
「自宅でお風呂のときも、きちんとストレッチするといいですよ。僕んちで銭湯に入った後は、みんなでやるので楽しいですけど」
「あーなんかお腹空きませんかぁ。部活帰りじゃないんですけどねぇ」
「そう言えば、さっきの本って、栄養バランスについても詳しいんですよ」
 たいてい僕が一人でしゃべる。たいてい木山さんは「ああ」とか「そうか」とか、あんま否定の返答はしないけどたまに「いや」とか小さく呟く。
 会話が続かなくなるようなこともあるけれど、それはそれで別に木山さんという人物を知っているから気にはならない。木山さんは一緒にいる人を無視して無口なんじゃないってわかっているから。むしろ、言葉が少ないからこそ生まれる空気感を木山さんは持っている。きっと僕たちの年代でこういう空気を生み出す人なんてそういない。この空気に浸れるの好きだ。焦りがなく緩やかな。
「木山さん、お昼ごはんとか、パンばっかりの食生活とか、してないですかぁ? ダメですよっ。僕、木山さんにお弁当の差し入れしちゃいますよっ」
 なーんて言ってみる。
 マネージャーの使命ですっと胸を張ると木山さんは笑って僕の頭をぐしゃりと掻き回した。髪の毛を乱される。あったかい。先輩方にもよくやられるけど、僕はこれ好きだ。
 僕の頭を撫でる、僕と同性の男だけど僕より大きな手。ふと、離れた時ブレスレットの描く軌道が闇の中で目を引いた。
 ブレスレットを付けた手首。そこから追って、二の腕の起伏、肩の丸さ、頭部を支える首の筋、なんかを。
 体つきが、絞り込まれたなぁって。
 一般の人からすると、新体操みたいな競技をやれば筋肉モリモリってイメージがあるかもしれない、けど、実際は違う。まずは痩せるんだ。最初は余分な肉がいっさい削られる。
 そして木山さんは元から余分な肉などほぼ負っていない体だったので、新体操を始めたことによってもっと本当に体を使うための筋肉が選りすぐられるスピードが早い。
 目の前の男性的な五体。元から運動能力が優れていただけあって、それを頷ける体躯。新体操をすることによってこれからもっと、しなやかに、さらに強く、美しく、なっていくんだ。木山さんならなる、なれる。
 一瞬いいなって思ったその僕の思考には僻みが含まれていたと、言っていい。
 僕は反対の道へ。
 僕の、この体から、これから失せ消えるものを留めおく術はそう多くはない。むしろ、あんまりない。
 その覚悟を僕は自分に言い聞かせてきた。何度も。もう、何年も前から。
 ただそれをサビシイと思う気持ちは心の隅っこに住まわせておいてもいいんじゃないだろうかと僕は思っている。
作品名:このまちにこのちかくに 作家名:チャア