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強さを望み、弱さを願う

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シグナー達のデッキは、見えない糸…言うならば回線のようなもので互いに繋がっている。勿論デュエリスト側はそんな糸の存在なんて知るよしもない。この糸は主に僕達が使用しているからだ。糸で繋がれたデッキのモンスター達は、繋がった先のデッキにお邪魔することが出来る。そして、その糸を通じて僕はこうしてジャックのデッキまでやって来たという訳だ。用件は、レッドデーモンズのお見舞いである。

 セイヴァー・ドラゴンの力で隔離された空間に一人、レッドは居た。簡易的な寝床にぐったりとその身を沈めきっている。僕はセイヴァーに断りを入れてから、そっと足を踏み入れた。途端、空間に満ちる圧倒的な力が身体を押さえ付けてくる。首を振ってその感覚を払い、僕はゆっくりとレッドの元へと足を進めていく。
「やあ、レッド。調子はどう?」
「……なんだ…来ていたのか」
「心配になっちゃってね。あ、ちゃんとセイヴァーには許可貰ってるよ」
「仮に貰っていなくても、貴様なら…問題はないだろうがな」
 ようやく辿り着いたベッドの脇から見たレッドの表情は、明らかに怠そうだった。額には脂汗が浮かび、吐く息は絶えず荒い。顔色も酷いものになっている。ただ声だけははっきりとしているので、会話に不都合はなかった。

 先日の偽ジャック騒動で、レッドはセイヴァー・ドラゴンの力を借り、セイヴァー・デモン・ドラゴンとなって自分の幻影三体を跡形もなく吹っ飛ばした。彼は元々力任せなところがあるのだけど、それにセイヴァーの力まで加えられたことで、尋常ではない破壊力を手に入れたのだ。
 でも、強すぎる力には当然リスクも付いて来る。セイヴァーの力を一度その身に取り込むと、後々物凄い疲労感と脱力感に苛まれるのだ。それも、身体の中から力が抜けきるまで。僕も数回経験したからわかるけど、身体の怠さと重さは半端じゃない。レッドは今、それでずっと苦しんでいる。

「…スターダスト、手を…貸せ」
「いいよ。はい」
 苦しげな息の下、求められた声に応える。彼の燃えるように熱い手が僕の手を奪うように取り、そのまま自らの額へと押しつけた。暴走する彼の熱が僕の肌を灼こうと這い上がって来るような感覚に襲われ、思わず手を引こうとしたが、彼に止められてしまった。仕方なく、しばらく好きなようにさせてみる。……それにしても熱い。
「レッド。…いい加減熱いんだけど」
「ん……ああ、すまん」
 名残惜しそうに、彼の手が指先からゆっくりと離れていく。今の数分間だけでかなりの熱が僕の手に移されたようだ。火傷するほどではないものの、何だか似た感触がして落ち着かない。ぷらぷらと手を振って熱を逃がしながら、僕は軽い口調で彼へ話しかける。
「それにしても酷い熱だね。アブソリュート・パワーフォース喰らった時に似てるなあ」
「……例えが極端過ぎんか?」
「そうでもないんじゃない?やる側はわからないかもしれないけど、あれって相当熱くて痛いんだからね。まあでも、今のキミだったらそんな心配はないけどさ」
「それは…どういうことだ」
「だって例えば今のキミがクリムゾン・ヘルフレアなんて吐こうとしたら、吐く前にキミの身体が燃えてなくなりそうなんだもの」
「……確かに…言われてみれば、そうかもしれんな…ふふ、我も脆くなったものだ」
 どこか自嘲気味にレッドは言う。キングであったジャックと共にずっと頂点に君臨し続けてきた彼にとって、弱い自分というのは許せないのかもしれない。そんなことを考えていると、案の定彼から問いかけが投げられた。
「……スターダスト」
「なに?」
「…我は…弱いか?」
「どうしてそんなこと訊くの?」
「…怖いからだ」
 掠れた声が、僕の鼓膜と脳を揺すった。彼が「怖い」という単語を口にしたのは、もしかしたら初めてかもしれない。お互い、今のマスターの元に居るようになって結構経つけれど、怖いなんて言葉を聞いた記憶は今までで全くなかった。それほど、彼は恐怖とは無縁の存在だったのだ。正直、僕自身そんな彼に憧れていた時期もあったくらいだし。
「弱いのが怖いの?許せないんじゃなくて?」
「それもあるが…恐ろしいのが先に来る。…我が弱いということは、それだけ主のために出来ることが減ってしまう…ということだからな………ッ、」
「ほらほら、無理しない。ちゃんと呼吸が落ち着いてから喋りなよ」
「む…」
「…まあ、キミの言ったことはわからないでもないけど」
 でも、それを肯定することは出来ないな。
「だけどびっくりだよ。まさかキミがそんなに弱虫だったなんてね」
「…やはり…我は弱いのか」
「うん。心が」
「…………?」
 彼は目を丸くして驚いていた。恐らく物理的な弱さを指摘されると思っていたのだろう。とんでもない、そういう目に見える方面での強さに関しては、申し分ないくらいだ。彼の欠点は、弱さを知らないあまりの脆さ。
「弱いのが怖いとか何とか、そういうこと考えてる時点で弱いんだよ」
「…………」
「キミの主を見てごらん。いつ如何なる時でも自信満々で、強さに溢れている」
「…主は強い人間だからな…。我など、足下にも及ばない」
「でも、ジャックだってとても脆く、弱い人間なんだ」
「………スターダスト、貴様…我が主を侮辱するか」
 レッドの表情が不快と怒りに歪む。こんな状態でも主たるジャックを崇拝し、敬愛する姿勢は変わっていないようだった。…そう、王のしもべから相棒へとその立ち位置が変わっても。
「最後まで聞きなよ。ジャックはね、脆いところをほとんど見せない。だから強くて格好良く見えるんだ。それって凄いことだと僕は思う」
「……脆いところを隠していると?」
「そういうことになるかな。言えば簡単だけど、難しいよ。マスターも心の闇をずっと背負い込んで隠してたけどさ、ルドガーと闘った時につい本音が出ちゃってたからね…。脆いところを見せないことが全面的に良いことだとは思わないけど、それを隠し通せるってかなり心が強いんじゃない?」
「……………」
「まあ、一番強いのはクロウみたいに苦難を苦難と思わないようなタイプだろうけど」
 苦難や障害など、自分に対して負の感情をもたらすものを苦痛だと感じた時点で、心には脆さが出来る。つまりそれを感じなければ、脆さは生まれないということだ。しかし、苦痛を感じないということはそれ相応に物事をプラスに考える心がなければならない。即ち心の強さと比例する。レッドの場合は自らの弱さによって主の力になれないことが苦痛なのだろう。それが心の壁を脆くし、体調のせいもあってかこうして情けなく崩れてしまった。
 多分の迷いを含んだ絶対王者の瞳が、風前の灯火のようにゆらゆらと、不安定に彷徨っている。僕は寝ている彼と同じくらいに目線を合わせ、彼の好きな穏やかな声で話し出す。
「レッド、キミは弱い。勿論僕やローズやエンシェント、パワーツールだってそうさ。だけどね、そういうところがあってもいいと思う。弱さを知らない存在は、容易いことで脆く崩れ、一度墜ちると這い上がるのが難しいんだ。でも自分の弱さを知っていることによって、自分が弱いのだという事実を突きつけられても揺るがない、強靱な心が出来る。弱さを知っている存在は本当の意味で…強いよ」