LOVE LETTER
思いついて机に両手をつくと、健二は立ち上がって部屋の隅へ足を向けた。物置きになっている空いた机の上から自分のリュックを取り、中を探って携帯電話を取り出す。伝家の宝刀ならぬ、とくに高性能でなくても、これひとつあるだけで生活全般が便利になってしまうという、現代社会での魔法のツール。
慣れたもので手早く操作して検索ページを呼び出すと、その場でぽちぽちと調べたい文字を打ち込んだ。そして検索ボタンを確定したとたん、ずらりと出てきた結果一覧にぽかんと口を開ける。
「マ……マタニティ?」
最初に目に飛び込んできた文字があまりにも自分と縁遠すぎて、思わず動揺した。だが、動揺しながらも、動画や歌詞などもリストに引っかかっているのを見つけて、どうやら言葉として存在しているようだと認識する。
すでにうっかり場違いなエリアへ踏み込んでしまったような違和感に腰が引けていたが、ここで終わりにしては意味がない。暗がりを手探りをすすむ気分で順番にページを送っていくと、やがて健二はひとつ気になる結果を見つけた。どうやら質問掲示板で読み方について訊ねたトピックらしい。
「へ……」
迷わず開いて目を通し、驚きのあまり絶句した。
──Luv yaは話し言葉の省略表記です。(I ) love youの発音を模したものになります。
なるほど、こういう意味の言葉なら、女の子からかと訊かれたのも、あの女性ながらにやたら硬派な先輩が照れて逃げ出したのも頷けた。──が。
「いやでもまさかそんなあの侘助さんが?」
いつでも人を喰った様子で飄々としている彼が、こんな遊びを仕掛けてくるなんてことがあるだろうか。
いや、ない。と頭を振りかけて、反対の言葉が無意識に口を突いて出た。
「いやでもあの侘助さんだし……」
そういえば彼はハッキングAIにラブマシーンと名づけたロマンチストでもあった。
つまり、ありといえばありで、なしといえばなし。どちらの可能性も否定できないのが、健二の知る陣内侘助という男で。
「っていうか、それ以前にこれが本当にそうなのかっていう話なんだけど……って、あれ……?」
驚きすぎて随分反応が遅れてしまったが、そういえばこれは自分に送られてきたメールの内容なのだった。それを自覚した途端、素っ頓狂な声をあげた健二は、今度は顔から火を噴きそうになる。
「ええええぇー? ななな、なんで……」
落ち着こうとしても、どうすれば落ち着けるのかわからなかった。自意識過剰な思い込みならかなり恥ずかしいし、そうでないなら率直にいって嬉しい。だけど、これにどう反応するのが正しい解答なのかがわからない。正しいというのは、相手が望むという意味だ。
「返事って……うぅ、どうしたら」
最初にしようとしていた通り、素知らぬ顔で数式の解だけ送るか、それともなにかひとこと添えるべきなのか。自分だったらどうだろうと考えて、そもそも自分ではこんなことを思いつくはずがないのだから、比較対象にならないと肩を落とす。
検索画面を閉じ、手持ち無沙汰に侘助から送られてきたメールそのものを開いてみる。
「こんな謎かけみたいなこと──」
顔を赤くしたままぶつぶつ呟いた健二は、数字の詰まった画面を見るともなくスクロールする。そして長いメールを最後まで送り、おまけのように添えてある日本語に出会ったところでふと閃いた。自分の返事も同じように返せばいいんじゃないだろうか。
「……そうだよ」
思いついたとたん、わくわくして健二は表情をほころばせた。携帯を閉じ、机に取って返して椅子に座るなり、自分を悩ませた一番上のページを破り取る。
伝えたいのは自分も同じだという気持ち。どう書き送ればいいか、ペンを持ったまま少し考えて、それからすぅっとちいさく息を吸い、まっさらなページに書きつける。
検索ページで例として挙げられていた、一番簡単な私も、という意味の省略表記。健二はその三つの英数字をペンの先でつつき、ここからどんな問題を紡ぎ出そうかと胸を躍らせたのだった。
作品名:LOVE LETTER 作家名:にけ/かさね