ERROR DETECTION
In terms of wealth, you and I are even-steven.
I will spend the rest of my life proving it to you.
「工藤くん。定期便が届いてるんだけど」
下校途中、大抵いつもつるんでいる本物の小学生三人組と別れたあと、ふいに灰原がそう切り出した。
「博士が近いうちに寄って欲しいそうよ」
「ああ──うん」
こういう連絡は博士が直接自分でしてくるから、灰原の口から聞くなんてひどく珍しい。突然話題を振られて驚いたオレは、生返事を返しながらそっと隣を窺ってみた。
いつも嫌味なくらいに冷静沈着な灰原の横顔は、やっぱり冷たく思えるほどに静かで、まったく感情を覗かせていなかった。
でも、浅くはない付き合いで、なんとなく感じるものがある。
きっと荷物が届いた時にたまたま居合わせたか、あるいはあとで見つけたか──どっちにせよ灰原が、自分からオレに伝えると言い出したことは間違いないだろうと思った。
どうせ彼とは毎日学校で顔を合わせるんだから、私が伝えておくわ。
多分、そんな言い方で。
「じゃあ、あとで見に行くよ」
「今日?」
「ああ。光彦たちと約束もしてねーし」
きっちりと確認を取る灰原に、オレはハハハ、と乾いた声で笑って、ほとんど毎日のように缶蹴りだの隠れ鬼だのという無邪気な遊びの誘いがかることを嘆いてみせながら、ほんのわずかでしかなかったけれど、さりげなく会話の焦点をずらしてみた。
どれくらい御利益があるかは不明でも、とりあえずオレの気休めにはなるだろう。そう思って。
「そう。博士に伝えておくわ」
それに気づいたのか気づかなかったのかはわからないけれど、淡々とうなづいた灰原は、じゃあね、とちいさく声を寄越して十字路を曲がって行った。
「おう。またあとでな!」
振り向かない背中で揺れている赤いランドセルに、オレは声を張り上げた。
──複雑な気分だと思うんだよな。やっぱり。
狙ってやったわけじゃないとはいっても、結果的にオレをこんな身体にしちまったあいつが、うちの
灰原の姿が完全に視界から消えてから、オレはその場にひとつため息を落とした。
あいつの言ってた定期便っていうのは、数ヶ月に一度ぐらいの割合で、現在はロスにいるオレの両親が送ってくる荷物のことで、中身は親父がむこうで買って読み終えた本とか使い終わった小説の資料とか、その他つけ届け向きのちょっとばかり高価な酒とか菓子とかが詰まっているものだった。
以前は直接自宅に送られてきてたんだけど、息子のオレがドジやって受け取れなくなったから、いまは隣家の阿笠博士のところに届いている。
もともとうちの両親と、ちょっと変わり者だってんで町内でも有名だった博士とは、隣人ということもあってオレが生まれる前から親しくしていたし、実際にこれまで何度か荷物が届いても、ご近所の誰も不審には思っていないようだった。
蘭なんかは博士に迷惑かけて──とオレに憤慨していたが、それは疑われるのとは別の次元の話だし。
ともかく傍からは博士の手伝いだと思われるように見せかけて、届いた荷物の中身はオレが検分した。隣に持っていくものなんかは、博士が鍵ごと留守を預かっているということにしておいて、堂々と正面からふたりで自宅に出入りしているのだ。
とまあ、そんな事情はともかく。
うちの両親のことは良いんだよ。
まだちゃんとした面識こそ一度もないはずだけど、両親にはオレが知り得た限りの彼女──灰原哀について、個人的な事情も含めて話してあったし、ふたりとも何考えてるんだかわからないとこもあるけどアレだ。オヤだから、結局信頼はしてる。うん。
でも、灰原のほうは、あいつ自身の中身が結構何か色々と複雑そうだし、放っておけないっていうか。そんなこと思ったところで、オレにできることなんてたかが知れてはいるんだけど。
「……とりあえず帰るか」
本当は灰原と一緒に行ければ楽だったんだけど、子供はほら、家の人に内緒で寄り道とかしちゃいけないもんだから。この背中の荷物を、一度下ろしに帰らなくては博士のところへは行けないから。
そう思ってオレは、自分が子供だと煩雑で面倒なことが多いよな、としみじみもう一度嘆息した。
I will spend the rest of my life proving it to you.
「工藤くん。定期便が届いてるんだけど」
下校途中、大抵いつもつるんでいる本物の小学生三人組と別れたあと、ふいに灰原がそう切り出した。
「博士が近いうちに寄って欲しいそうよ」
「ああ──うん」
こういう連絡は博士が直接自分でしてくるから、灰原の口から聞くなんてひどく珍しい。突然話題を振られて驚いたオレは、生返事を返しながらそっと隣を窺ってみた。
いつも嫌味なくらいに冷静沈着な灰原の横顔は、やっぱり冷たく思えるほどに静かで、まったく感情を覗かせていなかった。
でも、浅くはない付き合いで、なんとなく感じるものがある。
きっと荷物が届いた時にたまたま居合わせたか、あるいはあとで見つけたか──どっちにせよ灰原が、自分からオレに伝えると言い出したことは間違いないだろうと思った。
どうせ彼とは毎日学校で顔を合わせるんだから、私が伝えておくわ。
多分、そんな言い方で。
「じゃあ、あとで見に行くよ」
「今日?」
「ああ。光彦たちと約束もしてねーし」
きっちりと確認を取る灰原に、オレはハハハ、と乾いた声で笑って、ほとんど毎日のように缶蹴りだの隠れ鬼だのという無邪気な遊びの誘いがかることを嘆いてみせながら、ほんのわずかでしかなかったけれど、さりげなく会話の焦点をずらしてみた。
どれくらい御利益があるかは不明でも、とりあえずオレの気休めにはなるだろう。そう思って。
「そう。博士に伝えておくわ」
それに気づいたのか気づかなかったのかはわからないけれど、淡々とうなづいた灰原は、じゃあね、とちいさく声を寄越して十字路を曲がって行った。
「おう。またあとでな!」
振り向かない背中で揺れている赤いランドセルに、オレは声を張り上げた。
──複雑な気分だと思うんだよな。やっぱり。
狙ってやったわけじゃないとはいっても、結果的にオレをこんな身体にしちまったあいつが、うちの
灰原の姿が完全に視界から消えてから、オレはその場にひとつため息を落とした。
あいつの言ってた定期便っていうのは、数ヶ月に一度ぐらいの割合で、現在はロスにいるオレの両親が送ってくる荷物のことで、中身は親父がむこうで買って読み終えた本とか使い終わった小説の資料とか、その他つけ届け向きのちょっとばかり高価な酒とか菓子とかが詰まっているものだった。
以前は直接自宅に送られてきてたんだけど、息子のオレがドジやって受け取れなくなったから、いまは隣家の阿笠博士のところに届いている。
もともとうちの両親と、ちょっと変わり者だってんで町内でも有名だった博士とは、隣人ということもあってオレが生まれる前から親しくしていたし、実際にこれまで何度か荷物が届いても、ご近所の誰も不審には思っていないようだった。
蘭なんかは博士に迷惑かけて──とオレに憤慨していたが、それは疑われるのとは別の次元の話だし。
ともかく傍からは博士の手伝いだと思われるように見せかけて、届いた荷物の中身はオレが検分した。隣に持っていくものなんかは、博士が鍵ごと留守を預かっているということにしておいて、堂々と正面からふたりで自宅に出入りしているのだ。
とまあ、そんな事情はともかく。
うちの両親のことは良いんだよ。
まだちゃんとした面識こそ一度もないはずだけど、両親にはオレが知り得た限りの彼女──灰原哀について、個人的な事情も含めて話してあったし、ふたりとも何考えてるんだかわからないとこもあるけどアレだ。オヤだから、結局信頼はしてる。うん。
でも、灰原のほうは、あいつ自身の中身が結構何か色々と複雑そうだし、放っておけないっていうか。そんなこと思ったところで、オレにできることなんてたかが知れてはいるんだけど。
「……とりあえず帰るか」
本当は灰原と一緒に行ければ楽だったんだけど、子供はほら、家の人に内緒で寄り道とかしちゃいけないもんだから。この背中の荷物を、一度下ろしに帰らなくては博士のところへは行けないから。
そう思ってオレは、自分が子供だと煩雑で面倒なことが多いよな、としみじみもう一度嘆息した。
作品名:ERROR DETECTION 作家名:にけ/かさね