Another Birthday
さすがにキック力増強シューズも使わない、ただの空き缶のシュートだけじゃ威力が弱くて、ゴミまみれで目を白黒させてる男には俺が丁重に一発、とどめを入れさせて頂きました。
騒ぎを知って寄ってきたヤジ馬が遠巻きにするなか、あたふたと駆けつけてきた近くの派出所の警官がふたりがかりで犯人を運んでいく。
そして俺たちは調書を取られることになってしまって、それはそれでちょっとした騒ぎになった。要するに高校生探偵として名前の売れている工藤新一が目の前の本人だというので、書店の店員と同じく警官が腰くだけにされたからだ。
まったく本当にタチ悪いよ、この人は。男も女も問わずタラすんだから、もう。
俺のほうはというと、こんなところで警察に名前を残したくなかったし、なにより正体がバレた時、この名探偵と知り合いということが発覚しても困ったことになるので、偽名を使ってついでにさらっと軽く偽証して、その場を乗り切ってしまった。
「あ、俺は見てただけですから」
新一にはちらっと睨まれたけど、なにも言われなかった。こういうところが本当にもう、なんだかたまんないよね。
表に出さないで我慢しようと思ってたけど、それはやっぱりちょっと無理でさ。だから。
「新一、手」
「へ? 手?」
「そう。手」
派出所を出たところでそう言って自分の手をひょい、と掲げてみせたら、新一がつられて真似をしてくれたから、それに向かってパン、と打ちつけた。
音だけが軽やかに、高らかに鳴って、痛みはないけどてのひらにじんわりと血が集まってくる感覚がある。
「なんだよ」
「いいじゃん。共同戦線勝利ってことで」
嬉しい時はさ、そういう気分を共有しても良いでしょ。
そう言うと、またいつもの口癖を返されるのかと思ってたんだけど、新一は俺の顔を見て、それからふっと視線を足下のコンクリートに落として、肩をすくめるみたいにして、ちらっと笑った。
それがもう、なんかこう、脳の右側にワーッてくる笑顔で。
ああ、嫌だなぁ、こんなに気分が良いのになぁって、俺がさめざめと残念に思ってたら、ふいに近くで携帯電話が鳴り出した。発信源は新一のポケットだ。
「……ヤッベー」
画面を見た新一が、焦ったようにそう呟いて俺にくるっと背中を向け、電話に出る。
なるほど、待ち合わせのお相手からね。調書なんか取られて、感激した被害者のおばさんにも雑談をさせられてたから、解放されるまで結構時間がかかったもんね。
「だから悪ィって! そう、ちょっと事件でさ……え? ちょっ、おいって!」
焦ってる焦ってる。これは相当怒ってるねー。
しかもここまであっちの怒鳴り声が漏れ聞こえてくるから大変そうだなーって思ってたら、事件だって言ったとたんもう知らない! って切られちゃっててさ。
「早く行ったほうが良いんじゃないの?」
思わずそうアドバイスしてしまうと、新一はふたつに折った携帯をポケットにしまい込みながらため息をついた。
「……ああいう蘭は取りつく島がないんだよ」
幼馴染みだからね、生態というか言動は親兄弟と同じくらいがっちりと把握してるらしい。
「ふぅん?」
俺はそう相槌でこたえておいたけど、本当はさ、彼女が今すぐ駆けつけて欲しいって思ってるだろうことは教えてあげない。目の前に獲物が転がってるのにわざわざ逃がしちゃうほどお人好しでもないからさ、俺。
「そんじゃ、暇になったんなら俺とデートしようよ」
今日の予定が流れちゃったってことは、必然的に明日の予定も変更になるってことだろうし。
予定を交換するくらい良いよね。だって、やっぱり今日ここで会ったことって、運命みたいな気がするしさ。
新一はどうしようか迷ってたけど、嫌だとは言わなかった。
朴念仁なところが俺にとってはありがたかったけど、いい人ぶるわけじゃないけどさ、同時に彼女には悪いなって思ったよ。それから、彼にも。
ごめんね、名探偵。
今年も俺ひとりで過ごすんだったら、こっそり君の誕生日のお祝いをしてあげようと思ってたんだけど。
でも、やっぱり目先の倖せには溺れちゃうよ。明日の約束がなくなりそうだっていうのは、言い訳にはならないかもしれないけど。
そのかわり、彼といても心の片隅では君のことを想ってるからさ。
これから先、何度同じ日付の日がやって来ても、そしてあたりまえみたいに新一と過ごせることになったとしても、多分俺は今日のことを思い出すだろう。
叶わなかった片恋を思い返すみたいな甘い痛みと一緒に、工藤新一じゃない、もうひとりの名探偵のことを。
作品名:Another Birthday 作家名:にけ/かさね