Another Birthday
のんびりと並んで歩いて、ようやく出口にさしかかったところだった。手動のガラス戸を手で押し開けて、お先にどうぞと新一を通そうとしていたら、いきなり正面から緊迫した大声が襲いかかってくるんだからさ。
「──泥棒……っ!」
へ? 俺のこと?
そりゃ、確かに俺は泥棒ですけども──と、ドアを支えた姿勢のまま固まってしまった俺と、ドアから少し先の通りに倒れ込んでいた女性とを見比べて、新一も驚いた顔をしていた。
まあ、彼には正体がバレちゃってるわけだしね。でも、俺がKIDだって見破られるわけがないのもわかってるから、自然な反応なのかもしれないけど。
とりあえず俺はきちんと状況を把握しようと思って、その道路に辛そうな姿勢で這うようにしている小太りのおばさんに目を向けた。
彼女はなにかを掴もうとして失敗したような格好で、手を伸ばしていた。
その手指の先、延長線上には走り去っていくひとりの男の後ろ姿。
──なるほど、泥棒ね。
厳密にいうならあれは引ったくりかな、と俺は当たりをつけて納得した。きっと歩いているところを、後ろからやってきた彼に突き飛ばされ、その隙にバッグを奪られたんだろうな。
そして冷静にそう思うのとほぼ同じタイミングで、すぐ側で風が起きた。
「逃がすか!」
つまり、新一が素晴らしいスタートダッシュを見せて駆け出したわけだ。
うん、まあ、こうなるって予想……じゃないな。第六感ってヤツ? 予感はなんとなくしてたんだけどさ。
──鉄砲玉。
まさしくそれ以外の言葉で言い表しようがない勢いで、新一は書店から飛び出して行った。
ああもう、本当にしょうがない人だよね。
休日の歩行者天国になっている通りに溢れた人波にぶつかりながら逃げる男を、こんな時ばかり器用にすり抜けて新一は追いかけていく。ひったくり犯にぶつかられた人間の悲鳴や怒号が響く中へ俺もつられて走り出した。
だからさ、俺はべつに正義の味方じゃないんだって。そりゃ、母子家庭だったり頼りない幼馴染みいたりするせいで多少フェミニストな自覚はあるけど、知らないおばさんまでいちいち助けて回る趣味はないんだよ。
こういうのははっきり言ってキャラクターじゃない。どっちかっていうと犯人と新一の追いかけっこを、ビルの上から高みの見物──っていうのが一番性に合ってると思うんだ。
でもね、放っておけないでしょ。あの人ね、あれで案外危なっかしいんだから。
新一の後を追いかけて走りながら、俺は犯人の気持ちになって考える。
逃げるなら人混みだよな、やっぱり。
頭の中で近隣の地図を広げた。
こっち方面に向かうってことは、歌舞伎町……いや、西武新宿駅界隈かな。あのあたりだと人出も多いだろうし。その前に靖国通り沿いに逃走車を用意してるって可能性もあるけど。
こういうことなら新一より絶対に俺のほうが読むのは早い。なんたって本職だからさ。
どうしようかな。
俺は一瞬迷ったけど、新一は俺が本当にそうしても怒らないとは思うけど、でもやっぱりここでイチ抜けたってわけにはいかないよなって思ってそっと二人のコースから外れた。
脳裡に浮かんでいる某社の道路地図を頼りに、いくつか裏路地を抜けて犯人の前に回り込もうと思ったわけだ。
ほら俺、運も勘も良いけど、運動神経も良いんだよね。やっぱりこっちでビーンゴ。
このへんかな、と思ったあたりの角に犯人の姿を見つけて、今度はどうやって捕まえたものかとまた一瞬だけ逡巡した。
だって、やっぱり麻酔はマズイでしょ。どんな時でもそれなりに準備は万端だから、こんな格好してても人間ひとり眠らせるくらいのものは持ってるけど、警察に調べられた時、犯人がふらふらしてて調べられたら困るし。
でも、荒事はあんまり得意じゃないんだよね、本当は。怪盗KIDはその洗練された手口からもご理解頂いている通り、基本的に平和主義が身上なもので。
だけどここで逃がしたりしたら、絶対に徹底的に罵倒されるよなぁ……失地回復はかなり困難を極めるような気がする。そういうとこ、新一は容赦ないもんね。
仕方ないなぁ……環境汚染は趣味じゃないんだけど──
「どけっ!!」
「はーい、お疲れさま」
犯人は自分の勢いを過信していたんだろう。俺が避けると信じて突っ込んで来た男に向かって、一旦は身を引いた俺は相手が油断した隙を見逃さず、えいやっ、とばかりに側にあったゴミ箱を蹴り転がす。
車は急に停まれないけど、人間も訓練してないと案外急には停まれないんだよね。
それにしても、あーあ。付き合ってるうちに癖とかって移ってきちゃうんだなぁ。俺も誰かさんに感化されちゃってか、随分足癖が悪くなっちゃったもんだよ。
犯人は倒れる時に落ちた蓋に足を取られ、本体に頭から突っ込んで悲惨にもゴミまみれになっていた。さすがに悪いことしたなー、とは思ったけど、自業自得っていったらそれもそうなんだよな。
でも、そんなことを考えつくようなら、人を突き飛ばして鞄を奪ったりはしないか。
怒りに燃えた目をして立ち上がった犯人が、元凶の俺に突進してこようとしたので、躱すか道に沈めるかの二者択一を迫られた俺は、新一に嫌われたくないし、あっさりと後者を選ぼうとしたんだけど──ははは、その前に俺に決心をさせた当人が、蹴った空き缶を犯人の頭と腹とにひとつずつ、的中させていた。
相変わらず容赦のないナイスシュート!
足癖は悪いんだけど、狙いは良いんだよね、新一。相手が悪かったねぇ。ご愁傷様。
作品名:Another Birthday 作家名:にけ/かさね